2026-09-24
Vol.31
山名八幡宮 第27代宮司、群馬県議会議員
高井俊一郎 氏(後編)
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継承の本質と「理」のあるデザイン
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母と子の絆と「虫」の感覚
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「心の時代」に向けて
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支え合いの仕組みづくり
「伝統はそのまま守るだけでは、いつか朽ち果ててしまう」――851年の歴史を背負い、神社の慣習にとらわれない発想で境内にパン屋やカフェを誘致し再興を果たしてきた山名八幡宮第27代宮司・高井俊一郎さん。一方、化粧品ブランド「OSAJI」を立ち上げ、今春には245年続いた酒蔵の建物を引き継いだ新店舗を京都に開くなど、歴史の継承と経済循環の両立を果敢に実践する茂田正和。
「子どもの紫外線対策」という身近な問いから始まった出会いは、子育て支援やまちづくりといった地域課題に向き合う地道な取り組みを経て、古代の「虫」や遺伝学「マイクロキメリズム」が交差する創作へと広がる。「変えないために、変わり続ける」という共通の想いを胸に、ふたりは伝統のバトンをどう次世代へつないでいくのか。「歴史・デザイン・心」の真髄を語り合う対談から、現代社会における変革と継承のあり方を探る。
前編は こちら

持続可能性を担保するための経済は重要。ただし、その根本にあるのはお金ではなく、「参拝者のニーズ」(高井)
——約851年の歴史を誇る神社を背負う高井さんと、京都の245年続いた酒蔵を承継してOSAJIの店舗をオープンした茂田さんに、お互いが考える「歴史の継承」についても伺いたいのですが。
茂田正和:京都で伝統ある場所を引き継ぐ機会を得て、「歴史あるものを継承する」という重みをリアルに実感しました。851年という気の遠くなるような時間を引き継ぎ、未来へつないでいくことって、本当に難しい仕事だなと。歴史を引き継ぐこと自体は、実はそれほど難しくないのかもしれません。ですが、昔からのかたちをそのまま維持して保存するだけでは、未来へ続いていかないんですよね。
——それだと単なる「保存」になってしまうと。
茂田:そうなんです。ただ保存しているだけでは、かたちあるものはいつか必ず朽ち果ててなくなってしまいます。そこに保存とは違う新しい概念が入らないと、次の100年、200年へはつながらないんです。
京都の退蔵院というお寺で、副住職の方が若い現代アーティストに襖絵を描き直させたというプロジェクトがありました。京都のお寺の多くが「文化財の保存」に膨大なエネルギーを使うなかで、「保存だけを考えていたら歴史は途絶える」と危機感を持ち、現代の才能に新しい襖絵を描かせた。この決断は僕のなかでとてもセンセーショナルでした。
ただし、こんなことを言うと身も蓋もないんですが、歴史を未来へつなぐためには、絶対にその場所で「経済」を生み出さなければならないと最近強く思うんです。そこで働く人たちがちゃんと生活でき、その経済活動によって場所が維持されていく。補助金だけに頼った保存は、補助してくれる存在がなくなった瞬間に崩壊します。「継続的な経済を生み出す仕組み」こそが、継承の本質なんだと改めて思い直しています。


高井俊一郎:茂田さんの言う通りです。神社という場所に置き換えてもまったく同じで、持続可能性を担保するための経済は重要です。ただし、その根本にあるのはお金ではなく、「参拝者のニーズ」です。時代に合わせた「来る意味」や「来る意義」をこちらから提示してあげる。そうしないと神社に人は来なくなってしまうでしょう。
よく、ポテトチップスは「変わらない定番の味」と言われますが、実は時代や好みの変化に合わせて毎年少しずつ味の配合を変えています。伝統を守ることもそれと同じなんです。「保守とは何か?」という問いに対する僕の答えは、「保守するためには、常に変化し続けなければならない」ということです。ただ何も変えずに残ってきた伝統なんて、歴史上にひとつもありません。本質的な軸や理念は変えず、時代に合わせて変えるべき部分を変えつづけてきた人がいたからこそ、残ってきたんです。茂田さんが新たに開いた京都の建物などはその最たる例だと思います。
——高井さんは、神社を現代に適合させるための「デザイン」の役割をどう捉えていますか。以前に行った茂田さんとの対談で、「デザインには『理(ことわり)』が重要だ」とおっしゃっていましたが。
高井:広義のデザイン、つまりソーシャルデザインや仕組みづくりも含めて言えば、神社再興の9割以上は「デザイン」が担っていると感じます。デザインを単なる「見た目のおしゃれさ」や「表面的な格好よさ」と捉えて、儲かりそうだからという理由で変えてしまうと必ず失敗します。変えるためには、「理(ことわり)」、つまり「なぜそのデザインなのか」という説明可能な理由と意味がなければなりません。

例えば、私が最初にお守りのデザインを変えたときのことです。山名八幡宮には古くから安産や子育てを祈願する「二股大根信仰」という独自の伝統がありました。なのに、授与所で売られていたのは、どこにでも売っているような犬の絵柄に「山名八幡宮」と文字が入っただけのありきたりなデザインでした。私はそれに強烈な違和感を覚えました。そこで、さまざまな店づくりに携わるバイヤーの山田 遊さんに協力してもらい、独自の由緒や「二股大根」の意味を現代的にデザインへ落とし込み、授与所で職員が参拝者の方に「このお守りにはこういう意味があるんですよ」としっかり説明できるものに変えました。この「理」を伝えることこそが、デザインの真骨頂だと思います。
パン屋(ピッコリーノ)にしてもそうです。ただおしゃれなパン屋をつくったわけではありません。この地域には「天水」という優れた水源と地形で育った美味しい麦やお米がある。けれど農協に出荷されるとどこでつくられたものなのかわからなくなってしまいます。地元の恵まれた食材を循環させ、子育て世代に安心・安全な食を提供する場をつくるにはどうしたらいいかと考えたときに、「天然酵母のパン屋が必要だ」とひらめいたんです。理という点からすると少し弱い部分はありますが、「常識をぶっ壊して新しいニーズをつくる」という想いをもってつくった場所であることは間違いありません。

「遠くにいても母親が子どもの異変を感じとる感覚」というのは、体内にある母子の細胞やDNAの破片が量子力学的に共振している現象(茂田)
——昨年コラボレーションして発売したバーソープ「TSUNAGU*」の開発経緯について教えてください。
茂田:山名八幡宮のすぐ近くに、ユネスコ「世界の記憶(世界記憶遺産)」に登録された「上野三碑(こうずけさんぴ)」のひとつである「山ノ上碑(やまのうえひ)」があります。これは日本に現存する最古の石碑のひとつなのですが、刻まれている文字を読み解くと、僧侶が亡くなった母親のために感謝と供養を込めて建てた「母を想う碑」だということがわかります。
高井:実は、山ノ上碑の話は10年ぐらい前からずっとしていたんです。日本最古の石碑が「お母さんのために記されたもの」であるという事実は、ものすごく本質的で美しいストーリーだと思うんです。でも、世界遺産になったのに誰も訪れない(笑)。だからこの物語を現代の文脈でリブランディングし、「お母さんを想う聖地」として発信したいね、と。

茂田:僕自身、もともと重い皮膚疾患に悩んでいた自分の母親のために化粧品をつくったことが事業の原点だったので、「母を想う」というテーマには深い縁を感じて。それで、昨年の母の日に向けて一緒にプロダクトをつくることになるんです。そのとき、以前から高井さんとよく話をしていた「虫」の話題になったんですよね。
——「虫」ですか?
高井:山名八幡宮は昔から「虫封じの神様」として有名で、赤ん坊の「疳の虫(かんのむし)」や子どもの「泣き虫」を封じるご祈祷を長年行ってきました。昔から唯一デザインが変わらない「子どものお守り」も、実はこの虫封じのお守りなんです。
茂田:日本語には「腹の虫がおさまらない」「虫の知らせ」といった言葉があって、この「虫」という感覚の正体は何なんだろう、という議論を高井さんとしたんです。そこで僕が注目したのが、医学や遺伝学の領域で研究されている「マイクロキメリズム」という概念でした。
かつては、人間一人ひとりの身体は完全に独立した単一のDNAでできていると考えられていました。しかし近年の研究で、妊娠・出産を経ることで、母親の細胞やDNAの一部が子どもの体内に長期間残りつづけ、逆に子どもの細胞も母親の体内に残ることがわかってきた。科学的なエビデンスとして証明されているわけではないですが、僕は虫の知らせや「遠くにいても母親が子どもの異変を感じとる感覚」というのは、体内にある母子の細胞やDNAの破片が量子力学的に共振している現象なんじゃないかと思っています。
そう考えると、古来人々が感じていた虫にまつわる身体感覚って、あながちオカルトではなく、人間が本来持っている鋭い感覚なのだと思えてきて。そこで「母の日に、子どもから母親へ一方的にプレゼントを贈る」という従来のギフトではなく、「母親と子どもが同じプロダクトを分かち合い、一緒に使うことでつながりを感じる」という新しいギフトのかたちがつくれないかと考えてできたのがTSUNAGUです。
高井:神社の「安産・子育て」「母を想う山ノ上碑」という歴史的ストーリーと、茂田さんのマイクロキメリズムという哲学が融合した素晴らしいプロダクトになりました。地道ですが、こうしたストーリーを何十年も発信しつづけることで、いずれここから山ノ上碑までお母さんを想いながら散歩するような道を整備できたらと考えています。

世界幸福度ランキングのトップを走る北欧の人々がたどり着いた感覚と、日本の八百万の神の信仰は完全に合致している(茂田)
——テクノロジーが急速に進化するなかで、これからの時代に神社が果たすべき役割、求められるニーズは何だと思いますか。
高井:これからの時代は、間違いなく「心の時代」になるでしょう。AIやスマートフォン、PCといったデジタル技術が飛躍的に発達し、現代人は生身の人間以外のものと向き合う時間が爆発的に増えています。その結果、無意識のうちに心のバランスを崩してしまう人がひじょうに増えている。特にIT業界や先端分野で働く人ほど、メンタルの疲弊や精神的な安らぎを求めているという実感があります。
そうした時代に、神社が提供すべき本質的な機能とは何か。それはスマホを置き、静かな森のなかで手を合わせ、神様を通して自分自身と対話する場所です。境内奥の竹林や、最近新しくつくった「奥ノ宮」は、まさにそうした自省と瞑想のために整えた空間です。現代人にとって、日常のノイズから離れて自分と向き合い、心を整えて日常へ帰っていく。そういう場所がいっそう必要になってくると思います。

——それは、オンラインやメタバースのようなデジタル空間では代替できないのでしょうか。
高井:絶対に「生身の場所」でなければダメです。
日本の信仰は、もともと「湧き出る泉」や「飛来した隕石」「うっそうとした森」など、自然の圧倒的な気配に対する人間の素朴な感性から始まっています。その野生的な感覚を、時代ごとの天才たちが編集・体系化してきたのが宗教です。家で画面を見るのではなく、生身の足で境内の森に足を運び、肌で空気を感じ、スマホを置いて目を閉じる。感性や第六感というのは、そうした体験を通してしか研ぎ澄まされないんです。そういう場所をつくることが、次の時代における神社の役割でありニーズだと思っています。
茂田:高井さんのいまの話に僕は深く同意します。というのも、先日、北欧のコペンハーゲンやストックホルムを訪れ、フィンランド大使館の方とも話をする機会がありました。最近、北欧デザインと和の美意識を融合させた「Japandi(ジャパンディ)」というスタイルが世界的に注目されていますが、双方の思想の根底にあるのが八百万の神的な価値観です。
自然物そのものに神性や美を見出し、余計な装飾を施さず、そのままの状態を尊ぶ。フィンランドの人々と話すと「私たちはもともとキリスト教徒ではなく、自然そのものを敬ってきた。だから厳密な意味での宗教は必要ない」と言う人が多いそうです。世界幸福度ランキングのトップを走る北欧の人たちがたどり着いた感覚と、日本の八百万の神の信仰が合致していると考えると、人間が本来持っている第六感や自然との対話を取り戻す場所として、神社の価値は今後、世界中で再評価されていくんじゃないでしょうか。
高井:やっぱり、自然そのものを敬う八百万の神の考え方が、人間にとっていちばん無理がないんでしょうね。一神教のようにひとつの絶対的な神様を崇めるかたちだと、時代の変化で歪みが生まれたり、価値観や民族の違いで対立が起きたりしやすいですから。
茂田:本当にそうだと思います。そう思うと、さっき高井さんと話した「虫」にまつわる感覚って、まさにこの第六感や自然との対話そのものですね。

「公助」だけに頼ろうとすると、人間が自分自身で立とうとする強い意欲や、地域で支え合うコミュニティの温かい力を失ってしまう(高井)
——対談の最後に、これからの社会のあり方について伺いたいと思います。高井さんは先ほど、ご自身について「欠けている部分がたくさんある(=不完全な)人間だから助けてもらえる」とおっしゃっていましたが、そうしたことが誰にでも当たり前に起こる社会は到来するのでしょうか。
高井:社会のあり方として、僕はよく「自助」「共助(相互扶助)」「公助」というフレームで考えます。大切なのは、まず、自分らしく自分の足で立とうとする意識としての「自助」があること。そしてそれ以上に大切なのが、街や地域の中で人々が自然に助け合う「共助・相互扶助」の日常的な営みです。
昔は、新幹線で酔っ払って寝ているときに、隣の席の人に「高崎に着く前に起きていなかったら起こしてくださいね」と声を掛け合うような当たり前のやり取りがありましたよね。そうした「一言の会話」や「ちょっとしたおせっかい」が歓迎される世の中のほうが、生きづらさやそれに関連した課題を自然に解決できたりする気がします。何でもかんでも行政の「公助」だけに頼ろうとすると、人間が自分自身で立とうとする強い意欲や、地域で支え合うコミュニティの温かい力を失ってしまいますから。
——その「共助」の精神こそが、不完全な私たちが生きていくためのセーフティネットになるわけですね。
高井:まさにそうです。人間は誰しも「欠けている部分」がたくさんある不完全な存在です。だからこそ、地域のなかで自然に支え合える場所や仕組みが必要なんです。かつて、初めての子育てで孤独に泣いているお母さんたちの話を聞き、互いにつながれる場所として境内にミコカフェというスペースをつくったのも、まさにその実践でした。欠けたままの人間が心を整え、助け合える生身の場所として山名八幡宮を未来へつないでいくこと。それが私の生涯をかけたミッションだと思っています。
茂田:八百万の神から「心の時代」における神社の役割まで、僕自身にとってもすごく腑に落ちる話ばかりでした。ありがとうございました。

*TSUNAGU
山名八幡宮とOSAJIのコラボレーションにより、2025年4月に誕生したヒノキが香るバーソープ。神社近くに佇む世界記憶遺産「山ノ上碑」が、僧侶が母への感謝を刻んだ「母を想う碑」である物語に着想を得ている。母子の体に互いの細胞やDNAが残りつづけるという遺伝学概念「マイクロキメリズム」を現代の解釈として提示。母と子が互いを思いやる心をかたちにするため、同じものを分け合える2個セットとし、互いに贈り合えるプロダクトへと昇華させた。現在も山名八幡宮の授与所やオンラインで購入できる。
Profile
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高井俊一郎(たかい・しゅんいちろう)
1975年群馬県高崎市生まれ。國學院大学文学部神道学科卒業後、海外生活を経て、2002年に山名八幡宮へ奉職。12年に山名八幡宮の第27代宮司に着任する。「神社を地域社会のハブに」という想いのもと、境内にパン屋やカフェ、認可外保育施設を誘致するなど常識にとらわれない持続可能な再興策を牽引する。早稲田大学大学院政治学研究科(公共経営修士修了)やグロービスで経営・ビジネスの知見を深める一方、高崎市議会議員を経て、19年に群馬県議会議員に初当選(現在2期目を務める)。神職と政治家という異なる視点を併せ持ち、歴史の継承と地域課題の解決に多角的に挑んでいる。
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茂田正和
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年、OSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」、22年にはOSAJI初となるレストラン「enso」をプロデュース。23年、日東電化工業の技術を活かしたテーブルウエアブランド「HEGE」を仕掛ける。同年10月、株式会社OSAJI 代表取締役CEOに就任。26年、茂田個人のプロジェクトである一棟貸しの宿泊施設「しらかば荘」を群馬県・猿ヶ京温泉に、OSAJIの複合型グローバルコンセプトストア「お匙 京都」を京都・御所南に開業。同年、日本固有の美意識をルーツとしたフレグランスブランド「soca」を発表。
著書に『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)があり、美容の原点である食にフォーカスした料理教室やフードイベントなども開催している。
Information
山名八幡宮
群馬県高崎市に鎮座する神社。安産や子育ての神として古くから信仰を集め、851年の歴史を誇る。2015年前後から、建築家の永山祐子氏らを招き、大規模な改修・リノベーションを本格化。ロゴや授与品のデザイン刷新に加え、敷地内への天然酵母パン屋・カフェの誘致など、伝統の重みと現代の視点を融合させた空間づくりを推進してきた。単なる祈りの場にとどまらず、地域の人々が集い、心を整える新たなコミュニティ拠点として息づいている。
https://yamana8.net/
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撮影:小松原英介
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文:上條昌宏
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