2024-11-21
Vol.12
NewsPicks Studios 代表取締役CEO
金泉俊輔 氏(前編)
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GDPと幸福度
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「どちらでもいい派」が多い理由
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日本のマーケティングは大丈夫か?
GDPは国の豊かさを示す指標と言われてきた。しかし今、その定説が大きく揺らいでいる。過去にGDPで世界第2位となった日本は現在、長期にわたる経済成長の停滞、少子高齢化、格差の拡大などの問題に直面し、幸福度ランキングは世界50位台とアルゼンチンやカザフスタンの後塵を拝する。
「国家は、よく生きるために存在する」。これは古代ギリシャの哲学者であったアリストテレスが述べた言葉だが、果たして現在の日本は「よく生きる」ために存在しているのか? 「映像の力で、経済をもっとおもしろく」を旗印とするNewsPicks Studios代表の金泉俊輔さんをゲストに迎え、経済指標だけでは測れない幸福度や本質的な豊かさを得るためのヒントについて語り合った。
哲学的な幸福論一辺倒だとただの理想論で終わってしまいかねない(茂田)
——対談のテーマについては事前に聞かれていますか?
金泉俊輔:GDPと幸福ですよね。わりと大きなテーマだということは承知しています。
——GDPランキングで日本は昨年ドイツに抜かれ4位に後退しましたが、それでも上位にとどまっています。一方、幸福度ランキングではG7で最下位です。物質的な豊かさイコール幸福とされた時代は「国民一人あたりGDP(*1)」と幸福度に一定の相関性があると言われましたが、現在はGDPの高さが必ずしも個人に幸せと一致しないとする考えが強まっています。
金泉:僕は今でも一定の相関性があると思っています。実際、国連が出す世界幸福度ランキング(*2)を見ても、そのことは明らかです。ただし、完全に相関するわけではなく、ポイントは差分のところでしょう。
——両者の相関性を考えるうえで、幸福の定義が人によってバラバラという難しい問題があります。所得が高く、消費がたくさんできることを幸せや豊かさと捉える人もいれば、人とのつながりやコミュニティとの関わりに幸福を感じる人もいる。今はむしろ後者の人たちが増えている印象があります。
金泉:幸せというのは、究極人それぞれです。にもかかわらず、無理やり国別や県別で算出している。なぜかというと、比較対象があるからです。幸せは本来自分のなかにあるものなのに、常に比較論で議論されてしまっている。これは「真の幸福とは、徳のある人生を生き、価値ある行為をすることによって得られる」と説いたアリストテレスの時代から行われてきたことで、人間が社会的な生き物となり、他者と比較するという想像力を持ったときから続いているんです。
茂田正和:幸福について議論するうえで、ふたつの切り口があると思っています。ひとつは哲学的な幸福論。これまでアーティストやミュージシャンのゲストと話す際はこの種の内容が多かったんですが、その議論一辺倒だと本当にただの理想論で終わってしまいかねない。哲学的な思考だけでは生きていけないから、人はいろいろと戸惑うし、迷うし、悩む。どれだけ理想を語ったとて、経済条件や法律の問題がある以上、すべてが理想通り行えるわけではなく、むしろ理想と現実はますます乖離している気がします。
もうひとつの切り口が経済的な幸福論で、まさに今日のテーマです。経済と幸福の関係について貨幣制度を廃止し、お金に縛られなくなれば幸せになれると言う哲学者がいます。でも実際の社会は貨幣制度のもとであらゆることが成り立っていて、切っても切れない関係です。そうしたなかで本質的かつ持続可能なバランスのいい幸福と経済の関係性とはどういうものなのか。少し前に金泉さんと話をしたときに、一人あたりGDPと幸福度の関係について興味を持っていると聞いたので、今日はこの点についてじっくり話をしたいと思っています。
実は今年、幸福度ランキンングで1位のフィンランドと2位のデンマークに行く機会がありました。フィンランドに行って感じたのは、「なぜこの国が1位なのか?」という疑問です。資本主義に対してもどこか冷めた目線を送っていて、この国で生活することがどうして幸せなのか、ぜんぜん感じ取れなかったんです。逆にデンマークは資本主義を基調としていて、その雰囲気が街の至る所から感じられました。ただ、フィンランドとの差があまりにも激しくて、何が幸福なのか正直わからなくなりました。
金泉:フィンランドとデンマークについて言えば、おそらく両国とも幸せであると思っている自国民の比率が高いんだと思います。戦争が始まったので今はランキングが下がっていますが、イスラエルは幸福度ランキング上位国です。そこには宗教が大きく関係していて、宗教性の高い国は総じて幸福度が高い印象を持っています。
フィンランドとデンマークの差についてあえて仮説を立てるとすると何でしょうか?
茂田:例えばフィンランドはコミュニケーションがすごくフレンドリーです。サウナでばったり出会ったおじちゃんと20分ぐらい話し込むというのはざらで、基本、「世間話をしよう」というスタンス。資本主義的に言えば「時間を無駄遣いする」ことが習慣化されているんです。一方で、早朝に街を歩く人が異常に少ないとか、飲食店が夕方になるとすぐに閉まるとか、土日のマーケットのスタート時間が遅いとか、無理して資本主義を追わない雰囲気をすごく受けました。ただ、それが自分にとって心地いいものだったかと聞かれたら、そんなに心地いいとは思えなかった。
デンマークは逆で、飲食店は夜遅くまでやっているし、朝早くから開いているところも多く、店も多様です。そこで感じたのは、表現の自由度が高い国だということ。実際、デンマークデザインセンターやルイジアナ美術館に行って展示作品を見ると「さすが!」と思うものが多く、表現の自由に対して障壁が少ない国という印象を強く受けました。そういった点からも、両国が考える幸福はぜんぜん違うんだろうと思いました。
金泉:G20で幸福度ランキングが上位のオーストラリアやカナダなどは広い土地に人がまばらに暮らしていて、一人あたりの天然資源が豊富という共通点があります。国民がそうした生活を楽しめる高いメンタリティを持ち、かつ資本主義がきちんと機能(ワーク)している国は総じて幸福度が高いように思います。
アメリカ合衆国で幸福度が高い州はハワイ、日本は沖縄県ですが、いずれも気候が良く、海に囲まれています。一人あたりGDPで見たら、国のなかでは低いほうだけれど、それでも幸福度は高い。ある程度の水準に達すると、自然を享受できるか否かが幸福のひとつの目安になるんでしょう。
中庸は日本のひとつの文化。ただし、政治やビジネスの意思決定の場では態度をはっきり示したほうがいい(金泉)
茂田:選挙を見てもそうですが、現在は物事を賛成か反対の二項対立で測ろうとする傾向が強いですよね。でも、明らかに賛成、反対を唱えられる人は意外に少なくて、圧倒的に多いのはどちらでもいい派なんです。幸福度についても同じで、「あなたは幸福ですか、不幸ですか」と聞かれて、どちらかを答えられる人はすごく少なくて、本当はどちらでもない派が圧倒的に多いはずです。その人たちが何をもって幸不幸に傾くのか、変化を左右する要因が気になります。
金泉:おそらくそこが宗教や教育だったりするんじゃないでしょうか。統計をとると日本はサイレントマジョリティと言われる層が多い。アメリカは逆にどちらでもいい派が少ないですよね。それは、イエス、ノーをはっきり示すという考えが、社会全般で徹底されているからです。仮にどちらでもいい派を幸福側にカウントしたら、日本の幸福度ランキングは上がるかもしれません。
茂田:日本にどちらでもいい派が多いというのは、「奥ゆかしさ」や「謙虚さ」を美徳とする日本人の感性と関係しているような気がします。イエス、ノーを明言しないことが文化的な美意識として尊重されてきたわけですから。
金泉:日本人は昔から「中庸」を重んじてきましたからね。
茂田:日本人もアメリカ人にならってイエス、ノーの態度をはっきりさせるべきという意見がありますが、金泉さんはどう思いますか?
金泉:中庸は日本のひとつの文化です。ただし、政治やビジネスの意思決定の場ではもっと態度をはっきり示したほうがいいと思います。対象となる物事によって中庸を重んじるか、そうでないかは変わってくるでしょう。
例えば今回の自民党総裁戦で争点のひとつとなった「マイナ保険証」や、雇用規制の見直しに対して僕は推進派です。高齢者の意見が強く反映される「シルバー民主主義」にこうした課題の意思決定を任せていたら、次世代を悪い方向に導きかねないと思っています。現役世代や若者が中心となり、イエス、ノーをはっきり示して改革を進めていかないといけないでしょう。この点については「中庸がいい」なんてことは言っていられません。あちらを立て、こちらを立てみたいなことをしていたら、改革は進まないですから。
リサーチをして消費者にアイデアをもらう発想自体が世界的に遅れていて、日本のマーケティングは本当に大丈夫かと不安になる(茂田)
——石破さんは所信表明演説で、GDPの5割強を占める個人消費を伸ばさないと日本の経済は回っていかないと話していました。
金泉:石破さんには、所得を上げ、個人消費を増やし、輸出比率を高めないとGDPは上がらないという思いがあって、その考え自体は間違っていないと思います。今の日本はかつてのような輸出国ではなくなりつつあります。ドイツは未だに輸出が強くて、GDPに占める比率が4割ぐらいある。対して日本は2割を切っている状態です。そこには、もともと日本国内で生産し輸出していたものを海外生産に切り替え、現地法人化している企業の存在もあります。個人の富裕層も資産をどんどんキャピタルフライトしていますよね。中産階級も新NISAで海外投資信託を買っています。現状のままだとこうした流れはさらに加速するでしょう。政府としてはそこをなんとかしたいと思っているはずです。
茂田:企業の海外進出が進めばいずれこうなることは誰にでも予測できたはずです。内田 樹さんが「サル化する世界(*3)」という本で指摘した「今さえよければそれでいい」ではないけれども、なんで今の行動が未来につながると考えられる人が少ないのか、僕には不思議で仕方がない。
海外生産の移転が進んだこと以外に、ドイツの輸出が未だに強く、日本が弱い理由はありますか?
金泉:移民を受け入れて労働力を確保している点でしょうね。労働力を確保し、製造業を中心に技術を高め、EU圏を中心に輸出を伸ばす。この構造がドイツの強みです。人口は日本の4分の3以下なのに、GDPは日本より高い。1人あたりGDPは日本よりも3,000 ドル高く、それでいて1人あたりの労働時間は日本よりも25%少ない。この数字からも、いかにドイツの生産効率が高いかがわかります。
僕はドイツを改革国家だと思っています。日本と同じ敗戦国ですが、改革をきちんとやり、東西ドイツ統一を実現しました。生産性を上げる努力を一貫して行い、ブランド力のような付加価値を高めることも含めて。
茂田:ドイツと日本のGDPの差は、付加価値の創出とも関係している気がします。自動車が最たる例で、明らかにドイツ車のほうが付加価値は高い。
金泉:生産台数ではトヨタがトップですが、付加価値ではドイツ車に負けています。
茂田:フィンランドやデンマークもそうですが、一人あたりGDPが高い国はどこも物価が高い印象を受けます。店で家具を見ても高価なものが目立ちます。付加価値づくりがうまい国はその術でもってGDPを高めることができるんでしょう。日本はそこが不得意なんです。
金泉:基本「お客さまは神様です」という考えでやってきました。クライアントファーストはいいけれども、結果、自分たちのプロダクトアウトが弱くなってしまっては本末転倒です。
茂田:「お客さまは神様です」という考え方の弊害は、日本のマーケティングにも現れているように思います。リサーチをして消費者にアイデアをもらう発想自体が世界的に遅れていて、日本のマーケティングは本当に大丈夫かと不安になります。
ものづくりがマーケットインになると、マーケティング手法がいっこうに進化しないんです。なぜなら、「ものがある」という最低限の情報さえ伝えればあとは勝手に消費者が手に取ってくれるからです。でも、本来あるべきものづくりはそうじゃないですよね。ひとつの強い思想のもとに、信念を持った人がプロダクトアウトで製品を開発する。世界のものづくりを見ると、かつてスティーブ・ジョブズが言ったように「消費者は自分たちが欲しいものをわかっていないし、彼らが欲しいと言ったものを提供してもうまくいかない。だから市場調査なんて意味はない」という考え方が主流になりつつあります。でも日本は未だに市場調査をしっかり行い、ニーズを分析し、そこからマーケットサイズを割り出してプロダクトをつくっている。マーケティングが最終的に予想したシェアが取れたか取れなかったかの答え合わせでしかないんです。そんなやり方では到底ブレークスルーやイノベーションは起こりません。
金泉:日本のマーケティングが弱いというのは、その通りだと思います。国内のプロダクトは短期間でモデルチェンジする傾向があります。でもグローバルで見ると、強いマーケティングを行っている企業は、いかに同じプロダクトを長く売るかを目指しています。その一例がアップルです。アップルのノートブックPCやiPhone、アップルウォッチの筐体はなかなか変わらないですよね。かつて乱立していた日本のPCや携帯メーカーが撤退した理由は、モデルチェンジを頻繁に繰り返して商品の優位性をつくれなかったことにあります。
日本でマーケティングが機能していないもうひとつの要因は、最近までマーケティングは宣伝部の管轄という考えが長くありました。海外企業はCMOがいて、マーケティングに強いCEOがいます。
——「お客さまは神様です」やクライアントファースト的な考え方が日本の文化だとしたときに、それらがプラスに左右するのはどんな局面ですか?
茂田:おもてなしやホスピテリティが求められる産業でしょう。今でこそホスピタリティ業を自認するリッツ・カールトンにその文化が根づいたのは、日本支社長を務めた高野 登さんの功績が大きいんです。
金泉:接客サービスにおける日本のレベルの高さは、「お客さまは神様です」やクライアントファーストのいい部分ですね。
後編につづく
*1_GDPと一人あたりGDP
GDPとは、「Gross Domestic Product(国内総生産)」の略。一定期間内に国内の生産活動によって産出されたモノやサービスの付加価値の総額を指し、その国や地域でどれくらいの規模の経済活動が行われているかを示す数値として用いられる。一人あたりGDPはGDPを人口で割った値で、その国や地域の人々の平均的な豊かさを示す指標とされる。
*2_世界幸福度ランキング
国連の関係機関によって2012年以降毎年発表されるランキング。143カ国・地域を対象にした調査データに基づき、「社会的支援、一人あたりのGDP、健康、選択の自由度、寛容さ、認識されている腐敗の程度」の6項目に関する幸福度を測定し、順位を決定している。24年のランキングは、フィンランドが7年連続でトップ。2位以下はデンマーク、アイスランド、スウェーデンと続き、北欧勢が上位を占める。日本は前年の47位から51位へ後退。
*3_サル化する世界
「日本辺境論」などでも知られる思想家の内田 樹さんが2020年に出版した著書。タイトルの「サル化」とは、「目先のことさえよければ、後から想定される困難はどうなってもよい」という態度を指し、この言葉をキーワードに、なぜ日本は目先の利益にとらわれ、将来を考えない人間ばかりになってしまったのかを、政治、教育、人口減少などの問題と絡めて解く。
Profile
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金泉俊輔
1972年東京都生まれ。立教大学経済学部卒業。雜誌ライターとして活動後、女性情報誌・女性ファッション誌編集を経て、週刊誌編集へ。2011年ウェブ版「日刊SPA!」創刊プロデューサー、13年「週刊SPA!」編集長を歴任。18年にニューズピックスに入社し、NewsPicks編集長を経て、21年NewsPicks Studios代表取締役CEOに就任。堀江貴文さんが経済ニュースを斬る同社番組「HORIE ONE」のMCなども担当する。
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茂田正和
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、22年にはOSAJI、kako、レストラン「enso」による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。23年は、日東電化工業の技術を活かした器ブランド「HEGE」を仕掛ける。著書に、2024年2月9日より発売中の『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)がある。
Information
NewsPicks Studios
動画を中心としたポストテキストコンテンツの企画制作・プロデュースを目的に、経済メディアのニューズピックスと電通によって2018年に設立。ビジネスパーソンを対象に、「経済」を中心とした実用・教育・教養分野のコンテンツなどを手がける。主なコンテンツに堀江貴文さんがホストを務める「HORIE ONE」や落合陽一さんの対談番組「WEEKLY OCHIAI」などがある。
https://studios.newspicks.com/
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写真:小松原英介
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文:上條昌宏
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