2024-11-28
Vol.12
NewsPicks Studios 代表取締役CEO
金泉俊輔 氏(後編)
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いいガラパゴス化、悪いガラパゴス化
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アイデアと人材育成がサバイブする鍵
GDPは国の豊かさを示す指標と言われてきた。しかし今、その定説が大きく揺らいでいる。過去にGDPで世界第2位となった日本は現在、長期にわたる経済成長の停滞、少子高齢化、格差の拡大などの問題に直面し、幸福度ランキングは世界50位台とアルゼンチンやカザフスタンの後塵を拝する。
「国家は、よく生きるために存在する」。これは古代ギリシャの哲学者であったアリストテレスが述べた言葉だが、果たして現在の日本は「よく生きる」ために存在しているのか? 「映像の力で、経済をもっとおもしろく」を旗印とするNewsPicks Studios代表の金泉俊輔さんをゲストに迎え、経済指標だけでは測れない幸福度や本質的な豊かさを得るためのヒントについて語り合った。
前編はこちら
いいガラパゴス化を残しつつ、グローバル化にも対応する。ふたつの組み合わせが日本の勝ち筋(金泉)
茂田正和:最近すごく思うのは、メディアと流通がブレークスルーを起こせなくなっているということです。どのメディアもすでに顕在化された情報を取りに行き、編集をせずに取った情報をただ垂れ流す。流通も同じで、世の中にあるさまざまな商品をバイヤーが見極め、編集して、消費者に届けるのが本来の役割だったのが、今は他社のPOS情報を見て、MDをする時代です。その結果、どこも似たような品揃えとなり、同じものなら1円でも安いところで買うという消費者心理を生んでいる。そこに流通の未来があるかと聞かれたら、ないですよね。まさに自らがつくった「首絞めモデル」です。
金泉俊輔:出版ビジネスも同じところがあります。POS情報を見て、売れていそうな企画を真似て出す。そうなると似た本が増えて、1アイテムあたりの売り上げは下がります。日本の出版業がこのまま衰退の一途を辿るのか、もしくは流通を変革して、米国のようにコミュニティ基盤としても機能するサードプレイス的な個性を備えた書店が現れるのか、その岐路だと思っています。
茂田:情報へのアクセスについていえば、テレビから一方的にプッシュされていた時代から、検索エンジンの登場によって能動的に取りにいける時代を経て、現在は興味関心に連動した情報がSNSを通じて再びプッシュされる状況だと思うんです。それによって新たに起こっているのが世代や価値観の分断です。若い世代が興味をもつメディアを見て情報収集しようとしても、結局は見る人の世代に合わせたものを見させられるので、異なる世代に対するリテラシーが高まらないんです。
分断が加速するとベクトルを合わせることが難しくなります。そうして力が分散してしまうことで、本来勝てるはずの勝負にも勝てなくなる。そんな危機感がすごくあります。だからこそ情報を伝えるメディアの役割はすごく重要です。
金泉:インターネット革命による情報ビッグバンが起きる以前の日本は、まだ共同幻想のようなかたちで人々が同じ方向性を共有しやすい環境がありました。インターネットは確かに情報がタコツボ化していくことには賛否両論あるでしょう。ただ、これだけ情報が溢れるなかで取捨選択を促す一定効果があるのも事実です。インターネット革命がもたらした最大の功績は、たとえ少人数であっても何かを変え得る可能性があることだと思っています。
茂田:先ほどのマーケティングの話もそうですが、このまま日本が世界と異なるOSを使い続けることで「ガラパゴス化」がさらに進むような気がしています。ただし、ガラパゴス化した先に光明が見えているのであれば、ガラパゴス化も悪ではない気がします。
金泉:「いいガラパゴス化」というのもきっとあるはずです。おもてなしやホスピテリティはまさにガラパゴス化ゆえに生まれた文化でしょう。ゲストに対してこれだけ細かな気遣いのできる国は他にない。こうしたいいガラパゴス化の部分を残しつつ、グローバル化にも対応する。そのふたつの組み合わせが日本の勝ち筋のような気がします。
茂田:となると、観光産業が有望になりますね。
金泉:日本は観光立国になるべきだと思います。観光立国になると自国の文化や製品が世界に広がりますから。GDPに占める割合はまだ小さいですが、アニメやゲームなどのIPコンテンツも有望でしょう。日本のIPがこれだけ世界に広がったからこそ、今のインバウンドの活況がある。東洋のエキゾチックな国というイメージで終わらせないためにも、観光とIPを組み合わせて、「行きたい」「体験したい」というニーズを高めていくべきです。
——観光やIP以外に期待する産業はありますか?
金泉:食文化ですね。過去10年、世界で最も増えた飲食店が日本食を出す店だと言われています。丸亀製麺やくら寿司といったチェーン店もすごい勢いで海外に進出している。この流れが続けば日本の米を輸出商品にすることもできると思います。日本はかつて内外価格差が大きい米に対して関税をかけて外米が入ってこないようにしたわけですが、外米が高騰した今はそんなことをしなくてもいい。国内の減反をやめて、米を輸出商品にしていければ十分世界と戦えるはずです。米を輸出品にして生産量を増やせれば、備蓄や災害対策など食料安全保障上のプラスにもなります。
——食は観光との親和性も高いですね。
金泉:そうですね。日本がこの先目指すのは、頑張ってイタリア、失敗したらギリシャと言った人がいました。イタリアはワインやパスタやオリーブオイルを大量に輸出しているし、自動車やアパレルなど製造業も案外と強い。
日本も最近は日本酒の輸出に力を入れていますが、なぜワインがあれだけ世界を席巻できたかというと、貴族たちがシャトーや畑を格付けし、価値を定めたからです。日本酒は昔あった等級制度を廃止してしまい、米と水があればどこでもつくれるようになってしまった。国や業界が音頭をとって付加価値制度のようなものを改めて制定できれば、海外需要はさらに広がる気がします。
結局、人が生き残れるかどうかは、アイデアを出せるか否かにかかってくる(茂田)
金泉:観光に関して、悪いガラパゴス化の事例があるので少し話したいと思います。自治体には観光課という部署がありますが、そこにはたいてい大手旅行代理店の社員が張り付いていて、道の駅のつくり方からホームページのデザインまで観光にまつわるさまざまなメニューを提案しています。自治体の職員は観光のプロではないので、代理店の提案を鵜呑みにしてしまいがちです。それによって全国でどんどんローカリティが生かされない箱物やツアーが誕生しているんです。
インバウンドはすごいと言われますが、旅行や観光関連の消費額を見ると7割近くが内需です。だからどうしてもツアーや施設が日本人向けの旅行代理店が提案する画一的なつくりになってしまい、ローカリティを期待する海外の人たちからしたら魅力の乏しいものに映ってしまう。土地ごとの個性が削られる。こうした悪しきガラパゴス化は早くなんとかしないといけないでしょう。それで我々も、こうした流れを食い止めようと考えている人たち組んで地方創生の取り組みに乗り出そうとしています。
茂田:結局、人が生き残れるかどうかは、アイデアを出せるか否かにかかってくるんでしょう。平均点以上であれば生きていけるという考えが通用しなくなり、今は何をやるにも
アイデアやクリエイティビティが求められる。公務員の仕事でも同じです。なのに、日本は未だに一度採用されれば定年まで生活が保障されるという社会構造が残っている。そんななかで、リスクを冒してまでイノベーションを起こそうとは誰も思わないし、アイデア出しの必要性を感じなくなるのは当然です。
補助金の仕組みにしても、マニュアル通りに書いたらもらえるのはおかしいと思っています。以前に、関係省庁の人から日本の補助金制度に関するインタビューを受けたんです。そこで僕は、「日本の補助金制度はどうして申告様式が成功前提なんですか。事業というのは10あれば10成功するわけではなく、成功の確率は1割にも満たないのが普通なのに、成功前提の申告様式というのはおかしいですよね」と指摘させてもらった。
失敗することは案外大事で、きちんと失敗したうえで、失敗をどう資産に変えていくか。自治体でも、ごまんとある補助事業の失敗事例を情報として蓄積できれば、出てきた申請に対して、補助をしていいのかいけないのか、あるいは補助するにしてもハンズオンできちんと事業者に介入する必要性があるんじゃないか、そういう議論や判断ができるようになるはずです。
金泉:そこはまさに「悪い中庸」だと思います。ビジネスに意思決定が必要という言葉はアイデアが必要であると同じ意味で、我々はそこが欠けています。
先日、Windows 95の開発に関わった伝説のプログラマーの中島(聡)さんが、日本の大手メーカーがダメだと思った理由について、自ら考えず、重要な部分は下請けに出している点を挙げていました。マイクロソフトはプロダクトやソフトウェアを垂直統合型で自ら開発しているのに、日本のメーカーは下請けに指示書を出すだけだとしたら、勝ち目がないのは当然です。
茂田:マーケティングのアウトソースについても同じことが言える気がします。戦略の一部を外部に頼むことはあっても、戦略づくりを丸ごとアウトソースするのはどうなのか。外部に丸ごと頼んで商品が売れたとして、それを自分たちのビジネスだと胸を張って言えるとは僕には到底思えません。
金泉:言えないでしょうね。日本の大企業には技術や知識に長けた優秀な人材がいるのに、どうして重要事項の策定を外に依頼するのかは課題です。
茂田:ビジネスコンサルティング会社(ビジコン)もしたたかですからね。今までは財務諸表を見るだけでよかったのが、コミュニケーション設計が重要になったとたん、資本力にものを言わせて優秀なクリエイティブディレクターを根こそぎに採用するようになった。それによって市場からクリエイティブディレクターがいなくなり、企業がビジコンに頼らざるを得ない状況を自らがつくったんです。
金泉:企業が意思決定しなくていいように、ビジコン側がお膳立てしている状況ですからね。ただ、これは終わりの始まりのような気がします。日本のエンタープライズカンパニーもそろそろ自分たちでもできることに気づきはじめていると思います。
茂田:そうなると、残るのは人材教育ですね。日本の教育は専門性を磨くことに傾倒していますが、海外で博士号を取ろうとすると専門性だけではだめで、広い視座が求められます。日本の経営者が人材育成に対してそのような視点を持てるか。そういう意味でも社会人のための寺子屋のようなものがあるべきだと思っています。
金泉:人材の流動性が高まれば、自然とそういう方向に行くような気もしています。ただし、それは解雇規制の融和も含め雇用制度の見直しが行われることが前提です。50代以上の社員が会社に居座る最大の理由は退職金です。日本は勤続年数が長くなるにつれて退職金が急激に上昇するので、社歴が長い人ほどその恩恵に預かろうと考える。本来はリニアに上げるべきなんです。そこを改善できれば、キャリアのなかでビジネスを学び、幅広い分野で活躍できる広い視野を持った人材がたくさん出てくるだろうし、「ビジコンに頼まず、この部分は中途で入った人にやってもらおう」という機運も高まるはずです。
茂田:日本が幸福度の高い国になるための解決策は、人材教育とその体制づくりに尽きるのかもしれないですね。
Profile
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金泉俊輔
1972年東京都生まれ。立教大学経済学部卒業。雜誌ライターとして活動後、女性情報誌・女性ファッション誌編集を経て、週刊誌編集へ。2011年ウェブ版「日刊SPA!」創刊プロデューサー、13年「週刊SPA!」編集長を歴任。18年にニューズピックスに入社し、NewsPicks編集長を経て、21年NewsPicks Studios代表取締役CEOに就任。堀江貴文さんが経済ニュースを斬る同社番組「HORIE ONE」のMCなども担当する。
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茂田正和
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、22年にはOSAJI、kako、レストラン「enso」による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。23年は、日東電化工業の技術を活かした器ブランド「HEGE」を仕掛ける。著書に、2024年2月9日より発売中の『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)がある。
Information
NewsPicks Studios
動画を中心としたポストテキストコンテンツの企画制作・プロデュースを目的に、経済メディアのニューズピックスと電通によって2018年に設立。ビジネスパーソンを対象に、「経済」を中心とした実用・教育・教養分野のコンテンツなどを手がける。主なコンテンツに堀江貴文さんがホストを務める「HORIE ONE」や落合陽一さんの対談番組「WEEKLY OCHIAI」などがある。
https://studios.newspicks.com/
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写真:小松原英介
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文:上條昌宏