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茂田正和

レコーディングエンジニアとして音楽業界での仕事を経験後、2001 年より母親の肌トラブルをきっか けに化粧品開発者の道へ。皮膚科学研究者であった叔父に師事し、04 年から曽祖父が創業したメッキ加 工メーカー日東電化工業のヘルスケア事業として化粧品ブランドを手がける。肌へのやさしさを重視し た化粧品づくりを進める中、心身を良い状態に導くには五感からのアプローチが重要と実感。17 年、皮 膚科学に基づいた健やかなライフスタイルをデザインするブランド「OSAJI」を創立、現在もブランド ディレクターを務める。21 年、OSAJI として手がけたホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」 (東京・蔵前)が好評を博し、22 年には香りや食を通じて心身の調律を目指す、OSAJI、kako、レス トラン「enso」による複合ショップ(神奈川・鎌倉)をプロデュース。23 年は、日東電化工業のクラ フトマンシップを注いだテーブルウエアブランド「HEGE」を仕掛ける。24 年にはF.I.B JOURNAL とのコラボレーションアルバム「現象 hyphenated」をリリースするなど、活動の幅をひろげている。 近年は肌の健康にとって重要な栄養学の啓蒙にも力を入れており、食の指南も組み入れた著書『42 歳に なったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)や『食べる美容』(主婦と生活社)を刊行し、料理教 室やフードイベントなども開催している。

つねにクリエイティブとエコノミーの両立を目指し、「会社は、寺子屋のようなもの」を座右の銘に、 社員の個性や関わる人のヒューマニティを重視しながら美容/食/暮らし/工芸へとビジネスを展開。 文化創造としてのエモーショナルかつエデュケーショナルな仕事づくり、コンシューマーへのサービス デザインに情熱を注いでいる。

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    2026-01-29

    Vol.23

    クリエイティブディレクター
    笠谷圭見 氏

    • 無意識の創発と社会のレッテル
    • 「福祉の目」で見る違和感
    • アートとデザインの境界線
    • 本性と実態との乖離
    • 挫折が育む寛容さ

    映画『地蔵とリビドー』の監督であり、クリエイティブディレクターの笠谷圭見さん。そして、障害者支援施設との関わりも深いOSAJIブランドファウンダーの茂田正和が、初対面で意気投合した勢いそのままに、表現の根源をめぐる対談に挑む。
    対談の舞台は、笠谷さんが13年間、情熱を注ぎ続ける滋賀県の障害者支援施設「やまなみ工房」。ふたりは作家たちが「描かずにはいられない」衝動から生み出す作品に無意識下の狂気性を見出し、アートとデザインの決定的な違いなどについて語り合った。
    さらに、なぜやまなみ工房の作家の作品が海外で高く評価されるのか? 創作活動がもたらすのは、自己肯定感ではなく、自尊心ではないか? 寛容さこそが、障害者アートと一般のアートを分け隔てなく評価するための社会が持つべき姿勢の核心ではないか? など一人ひとりが持つべきアートへの眼差しから、ひいては社会のあり方までを鋭く掘り下げていく。

    「福祉×アート」を、笠谷さんは僕とはまったく違う解釈で捉えているんだと感じた(茂田)

    茂田正和:僕はやまなみ工房(*1)に来るのは今日が初めてです。施設の魅力を咀嚼するのに少し時間がかかりそうですが、何でしょうね、「無意識下のなかででき上がっているものが、どうしてこんなにきちんと成立しているんだろう」と純粋に思えたことがいちばん印象として強いです。

    笠谷圭見:雰囲気や施設の外観は僕が初めて訪れた13年前から変わりましたが、昔からいる人は何ひとつ変わっていません。なかにはどんどん成熟していって絵が上手になる人もいますが、基本的に大半の人は同じことをしながら13年の月日が経っている気がします。それがかっこいいし、真似できないことでもあります。やまなみ工房の人たちは創作をしていないと居ても立っても居られないんでしょうね。そうした感情が、強烈に作品に現れている感じがすごい。

    茂田:佐賀県にある障害就労支援事務所のPICFAに長いこと通っていますが、あそこは作風が変わっていくわけではないんだけれども、通っているうちに洗練されていくみたいな感覚があって。でも、やまなみ工房の人たちの作品は、特に何かが変わっていくこともないなかで、アート作品として「家に飾りたい」という純粋な気持ちを抱けるものがすごく多い。それが意外と言うのも変だけれど、何をどうすればこういう状態になるんだろうと思わずにはいられない。そこにすごく興味が湧きました。

    笠谷:その強靭な創作への想いが、彼らの作品の核なんでしょう。

    ——笠谷さんと茂田さんのつながりは、音楽家で詩人でもある山﨑円城さんという共通の知り合いの大阪での個展がきっかけだと聞きました。初対面にもかかわらず、懇親会ではお酒を酌み交わしながら意気投合されたようですね。

    茂田:懇親会の席でちょうど向かい合わせになったときに、笠谷さんが突然、「茂田さんのことが好きだ」と言ってくれたんです(笑)。

    笠谷:だいぶお酒が入った状態だったので、あまりそのときのことは覚えていないんです。

    茂田:人生の先輩を前にして言うのもなんですが、初対面で勝手に親友になる予感がしました。そして、もっとこの人と話したい、知りたいと思ったんです。会った翌日に、笠谷さんが撮られた『地蔵とリビドー』という映画を観ました。僕自身、それまで「福祉×アート」みたいなものを遠からずの距離感で見ていたんですが、あの映画を見たときに、笠谷さんは僕とはまったく違う解釈でその世界を捉えているんだと感じ、強烈な印象を受けました。

    笠谷:どの部分でそう感じられたんですか?

    茂田:映画の最後に流れた、「個性を障害と捉える野蛮な社会が着せたレッテルを脱がしたい」というメッセージがすごく響きました。これは「理想論」で一度話をしないといけないなと思って、すぐに対談の打診をさせてもらったんです。

    笠谷:ありがとうございます。まさか、あのメッセージで対談を申し込まれるとは思いませんでした。依頼をもらって僕もすぐに理想論のサイトを拝見しました。すると、ものすごく立派な方たちが立派な話をされていて、正直、少しビビりました(笑)。お断りをしようかなと一瞬思いましたが、お話できることはたくさんあるだろうし、今日はすべてを話すつもりで来ています。

    茂田:あの映画を観て、僕のなかでアートに対する理解が少し深まった気がしたんです。障害を持つ人たちが、体調が悪いときほど絵を描き、描くことで体調の悪い自分自身と共存できたり、対峙できたりするというのが、映画でも語られていました。絵を描いていないと死んでしまうかもしれないとか、それをしてないと自分が保てないといった、ある種の「癖」みたいなものが、ひとつの共振共鳴(レゾナンス)を生み出すんだと。そういう漠然とした思いが、アートを理解することにつながったように思えたんです。

    最初は「支援する」という意識が強くあった。でも、実際に障害を持つ人と接するなかで、こちらのほうが教わることが多いと気づかされた(笠谷)

    ——そもそも笠谷さんはどういうきっかけで障害者支援施設に足を運ぶようになったんですか?

    笠谷:東日本大震災がきっかけでした。自分にも何かできるんじゃないかと思い被災地に向かったんです。現地で、想像を絶する被害の様子を目の当たりにして、立ちすくむとはこういうことなんだと実感しました。それぐらい何もできなかった。デザイナーという職業が何の役にも立たないと感じてしまい、軽い鬱状態になってしまったんです。 
     それでも何かできることはないか、会社に戻ってスタッフと話し合いました。そのときあるスタッフが、「復興支援の力になれないとしても、笠谷さんは数年前から障害を持つ人たちに手を差し伸べるようなことをしたいとずっと言っていましたよね」と言ってくれたんです。それを聞いて、まずは身近な人たちの助けになることをしようと思い立ち、近所の障害者支援施設を訪ねたんです。

    ——そこでどんなことをされたんでしょう。

    笠谷:障害者施設の実情をルポルタージュして本をつくるという名目で、通うことの許可をもらいました。いま思うとすごく恥ずかしいのですが、最初の頃は「支援する」という意識が強くあったように思います。でも、実際に障害を持つ人と接するなかで、こちらのほうが教わることが多いと気づかされました。なかでも、創作の現場は衝撃的でした。障害者アートについては知識や情報として知っていましたが、実際に見たのはそのときが初めてでした。「これは想像を超えるクリエイティブだな」と感じ、彼らが生み出すアートを世の中に紹介するプロジェクトに急遽変更したんです。 
     最初にやったのは、インターネットを通じて世界中のアウトサイダーアートのコレクターに彼らの作品を紹介することでした。片言の英語で「こんな絵を描く日本人がいるんだけれど、どう?」とメールを送ったら、有名なコレクターから「もっと詳しく教えろ」と連絡が来て、フランスまで説明に行きました。すると、絵が数十万円で売れたんです。でも、嬉しいというより違和感のほうが大きかったと思います。日本では見向きもされない絵が海外で高く評価される。どうして日本人はこれらの作品に着目しないのか。展覧会を開いても、来る人たちはどうしても「福祉の目」でしか作品を見ようとしない。若い人たちも含め、もっと純粋に作品と向き合ってもらうためにはどうしたらいいかと考え、現在のDISTORTION 3につながる洋服をつくるプロジェクトを始めたんです。

    ——服づくりを始めてみて、反応はいかがでしたか?

    笠谷:やっぱり日本のバイヤーは、「障害があるかどうか」という物差しで見ていて、「買ってあげるよ」みたいな感覚なんです。でも、フランスのバイヤーは、出自に関する説明をいっさい求めない。「自分が気に入っているからオーダーするのであって、そんな説明はいらない」と。それを聞いて「すごいな」と思いました。

    ——その違いが、日本の社会の課題を象徴しているんでしょうね。

    笠谷:いろんなバッシングも受けましたが、デザイナーとしてできることはまだたくさんある。そう思い続けて13年が経った感じです。

    コンシューマープロダクトをつくっている身としては、やっぱりアートとデザインは混同してはいけない(茂田)

    茂田:僕が笠谷さんと初めて会ったときに「もっと話したい」と思ったことのひとつは、アートとデザインの境界線、そしてプロダクトをつくるうえでの主観と客観のバランスについてです。僕の仕事は、最終的に体系化していくことが重要だと思っていて、アートとデザインの境界線は、体系化をするうえで極めて重要なんです。

    笠谷:難しいテーマですね。ただ、僕はアートとデザインに関しては、やまなみ工房と出会う前からまったく別物だと捉えていました。

    茂田:その線引きはどこにあると考えますか?

    笠谷:そもそもデザインは依頼者がいないうちから勝手に始まることはありません。企業がこういうことで悩んでいる、解決してほしい、というお題をもとに、解決策をビジュアルで提示する感じなので、自己表現の割合は限りなく0%に近い。一方で、アートはアーティストの「つくりたい」という欲求から出発します。自己完結じゃないのがデザインで、自己完結的なのがアートです。

    茂田:いくら客観的に「こういうニーズがあるのでこういうものをつくりました」と言っても、つくった本人が愛せないプロダクトはいらないと思っています。じゃあ、主観的にすごく愛せるものをつくれたとしても、客観的に誰にも求めてもらえなかったらプロダクトとして成立しない。だからこそ、両者のバランスが重要なんです。

    笠谷:やまなみ工房の作品に僕が惹かれるのは、まさに彼らが「誰かのためにつくっていない」という点です。どの人もだいたい描いているときは作品としか向き合ってない。ものすごい集中力で描いていて、完成した途端に興味を失うんです。僕がデザインをしたり映画をつくったりするときは、完成したときの達成感、充実感があって、いち早く人に見せたいし、評価されたいと思ってしまう。そういう意味では創作の目的が「他者」に向いています。クリエイターとして、そういった点からも彼らに追いつくことはできないと痛感させられました。

    茂田:僕も今日やまなみ工房に来て、アートとデザインがまったく違うものであることがはっきりわかりました。感覚的なことかもしれないですが、それがわかることはすごく重要であり、ラッキーなことだと思うんです。そこを混在していることの危うさというのがあると思っていて。特に最近は、デザイナーの「作家性」に期待して仕事を発注する、危うい案件がすごく多い。ブランドとしてのコアがしっかりしているにもかかわらず、有名なアートディレクターやクリエイティブディレクターの色を前面に押し出した結果、「コアって何だったっけ?」と、それすらわからなくなっているケースをかなり多く見ています。僕がそれに対して警鐘を鳴らす必要はないんですが、コンシューマープロダクトをつくっている身としては、やっぱりアートとデザインは混同してはいけないと思います。

    笠谷:境界線が曖昧になることの弊害ですね。

    茂田:どこで区分けするかは難しいですが、ひとつの要素として「狂気性」の有無がある気がします。デザインは、人に刃を向けてはならないというのが前提にある。人と抱擁したり協調したりしないといけないのがデザインです。狂気性を持ったとしてもフェイク、つまり演出です。

    笠谷:まさにそうです。

    茂田:やまなみ工房の人たちの作品を見て思ったのは、リアルな狂気性です。見学していて、「怖い」という感情と同時に、「美しい」という思いが交錯するような、そんな狂気を感じるものが多かった。狂気性の有無はアートとデザインを分ける境界じゃないかと思います。
     実際、僕の周りにいるアーティストはみな一様に狂気です。酒癖が悪かったり、どうでもいい妄想癖があったりと。そういうものをストレートに出せていない人は、どこかで創作が途絶えてしまうんです。

    笠谷:確かにそうかもしれないですね。2025年9月に出版されたやまなみ工房の作品集の第二弾「AYAW2(*2)」に寄せた文章にも書きましたが、彼らの作品を見ると「怖い」とか「ドキドキ」するとか、「ぞわっ」とする、普段の生活であまり感じない感情が生まれるんです。同時に、懐かしさみたいなものを覚えるときがあって。自分は到底かなわないと思うような作品からそうした感情が湧いてくるのはどうしてなのか。その「わからなさ」もある種の狂気と言える気がします。

    ——デザインからは感じ得ない感覚かもしれないですね。

    笠谷:きっと、子どもの頃には持っていたのに、成長し、社会に出て、周囲に合わせないといけないがゆえに捨ててきたものを、彼らの作品のなかに見出しているのかもしれません。デザインからそういうことを感じることはまずないですね。

    茂田:面白いですね。 
     僕は社内でブレストをする際に、「エログロのないプロダクトのブレインストーミングはマジで意味がないよ」と言っているんです。そういう感覚を全部捨て去り、柔和につくられているものって、究極いくらでも代わりがあるんです。言葉は悪いですけれど、醜い本性みたいな部分に対してきちんと応えるものじゃないと人を惹きつけることはできない。

    ——「健全さ」を装ったプロダクトは、代替される可能性があるということですね。

    茂田:代わりがあることが決して悪いとは言いません。ただ、これだけもので溢れた世の中にそういうプロダクトをさらにつくる必要があるのかなと自問自答してしまうんです。だから、僕はブレストをするなら、飲んでいる場でやるとか、上野のアメ横のガード下の町中華でやるとか、ちょっとはめを外してみようと思える環境でしかやらないようにしています。そうしないと、人の本性とか、感性を揺るがすものはつくれないなと思うからです。 
     きっと境界線がはっきりないことにも意味があるような気がしています。すごく狂気的なものとすごくクリーンなものとの間にはグラデーションあって、そうした中間領域があるからこそ、ものをつくる仕事は、一生正解にたどり着けないような楽しさがあるのかもしれないですね。

    「障害があるのによく頑張って描いたね」と言う時代はもうとっくの昔に終わっている(笠谷)

    茂田:一昨年と昨年、小学校5年生を対象に社会科の授業で「日本の工業生産と私たち」というテーマで話をしました。そこで僕が子どもたちに尋ねたのは、プロダクトアウトとマーケットインについてでした。当然彼らはそんな言葉を聞いたことがないので、まずは双方の意味を解説し、最後に、生活者の顕在化しているニーズに対応するマーケットインと、誰も想像しないようなものをつくるプロダクトアウトのどちらを手がけてみたいか挙手してもらったんです。すると、30人の生徒のうち29人がプロダクトアウトを選びました。

    笠谷:少し意外ですね。

    茂田:いまの子は回答が優等生的で的を外さない。だからてっきりみんなマーケットインと言うだろうと勝手に思い込んでいました。でも、マーケットインに手を挙げたのはひとりだけで、大半が「人と違うことをやりたい」という思いを持っていたんです。授業の結びで僕は生徒たちに、「プロダクトアウトをやりたいのなら、人と違う視点でものごとを見ること、そして、人と意見がぶつかったときには相手に説明したり、共感を得たりする努力を惜しんではいけない」と言いました。 
     授業をして気づかされたのは、本性と実際にやることが乖離していることです。新しい教育の概念が出てきて、自由なアイデアを活発に言い合うような試みが行われています。ただ、アイデア創発のフロー自体が予定調和になっていて、自由な意見を言い合っているように見えていたものが、実は周りの人との調和や空気を読みながら落としどころを探るようなプロセスになってしまっている。どこかで「人と違うことをしたい」と思いながら、同時に集団からの逸脱を恐れる心理。このギャップが、真のイノベーションを阻む壁なのかもしれません。だからこそ、笠谷さんが取り組まれている活動が、この状況に良い一石を投じることになるんだと強く思うんです。理屈で「何がいい」と言わないと自分を肯定できない日本人バイヤーと、初期衝動的に「かっこいい」と思っただけで選べるフランス人バイヤーとの違いにも通じます。

    笠谷:その日本の社会の歪みのようなものを変えたくて活動を始めたわけですが、障害者アートを取り巻く環境はずいぶんと変わりました。それこそいろんな企業でやまなみ工房のアートを採用する動きが広がっています。こんなに短期間で劇的に変わるんだと驚く一方で、逆に不安や違和感を感じる場面も増えてきました。

    茂田:企業のイメージアップのツールになっている側面もあります。

    笠谷:そうですね。僕が活動当初からぜったいにやりたくなかったことに、既存の服の型に、ただ障害者アートをプリントするだけというのがありました。だから僕らは、インスピレーションを得た作品をベースに、生地の選定を行い、パターンも作品に合わせて毎回イチから引いています。でも、障害者アートへの社会の関心が高まるなかで、逆に単純な転写に近いやり方が世の中に多数流通し始めていることに少し残念な思いがあります。13年前に感じたモヤモヤがいったんは薄れたのに、ここに来てまた戻っていっているような印象です。かつては目を向けてさえもらえなかった障害者アートが認められるようになったことは嬉しいですが、でも「本当に認めていますか?」と尋ねたい。障害者アートだからといってなんでもかんでもペタペタ貼り付けて、それで企業が「いいでしょう」と言っているように感じなくもないというか……。

    茂田:笠谷さんの理想は、アールブリュットやアウトサイダーアートといった障害者アートと一般のアートの区別がなくなることですか? 

    笠谷:確かに、区別がなくなることが理想です。クッキーだって美味しいほうがいいに決まっている。アートも一緒で、要は自分が見て心が揺さぶられるかどうか。「障害があるのによく頑張って描いたね」と言う時代はもうとっくの昔に終わっています。 
     障害の有無でなく、純粋に作品の良し悪しで決める。そういう状況になるのが本当の理想です。ただ、まだそれが難しい状況であるのも事実です。「障害や難病のある人たちが描いたアートです」と全面に打ち出す必要はないにしても、匂わせるぐらいはしないとまだ理解を得にくい。そのさじ加減が難しいんです。

    ハラスメントの言い争いというのは、価値観が自分と違うことに対する「ノーを言い合う戦争」(茂田)

    茂田:僕自身、アールブリュットやアウトサイダーアートという言葉を使うのがナンセンスだと完全に言い切れる派ではありません。でも、障害があるのとないのが同じになることはぜったいにないですよね。だって物理的に違うわけだから。そうだとすると、「寛容さ」を知るためのひとつのカルマだと思うことが重要な気がします。

    笠谷:寛容さですか……。

    茂田:「違う人のことを理解しましょう」という言い方がしょっちゅうされますが、そんなのは無理じゃないですか。だって違うんだから。大切なのは、自分と違う人がいるという事実を知ることです。さらに言えば、「共感はせずとも、否定をしない」というのも少し違う気がしていて、否定したい場面であれば否定をしてもいいと思います。大事なのは、それらをなかったことにしないことです。

    笠谷:障害者との関わりで言えば、身近にそういう人がいないかぎり、なかなかそうした発想にはなりにくい気がします。

    茂田:人に寛容じゃないから、すぐに「それは、○○ハラスメントだ」みたいな言い合いが起こるんです。人の成長のためにあえて厳しい言葉をかけるのはハラスメントとぜんぜん違うのに、そこがわからない。自分と違う考えに対して断固ノーなんです。ハラスメントの言い争いというのは結局のところ、価値観が自分と違うことに対する「ノーを言い合う戦争」なんでしょうね。

    ——寛容さを身に付けるいい術があれば教えてください。

    茂田:いかに挫折をしてきたかでしょう。いまは挫折を経験していない人が多い。寛容さがない人は特にそうだと思います。おそらく笠谷さんも僕と同じように、相当虐げられて生きてきたと思うんです。

    笠谷:(深くうなずきながら)そうですね。

    茂田:わかってもらえないことの挫折感をたくさん経験してきた結果として、自分のなかにいまの寛容さがあると思っています。どこかで、人と違うことを考えようと思ってきたし、誰かがかAを選ぶときには必ずBを選んできました。周囲から、「すごくめんどくさいやつ」と思われてきたのもそういう行動からです。 
     先ほど小学生の話をしましたが、彼らに「言いたいことを言っていいよ」と話したら、もしかするとまったく違う意見が聞けたかもしれません。でも、やっぱり周りから虐げられないように、挫折を味合わないようにすり抜けようとする。そうやって、いいところだけを取っていくんです。彼らには、「挫折をたくさんしなよ。そのほうが、先々優しくなれるから」と言ってあげたい。

    笠谷:常に模範解答を探さないといけないという空気感は、教育の問題も関係しているように思います。やまなみ工房には現在94名の利用者がいますが、全員が素晴らしいというプロモーションをしたら、それは嘘つきのきれいごとです。好きなものもあれば、嫌いなものもある。それが人としての当然の姿のような気がします。外部の人間だからこそ、自分が「いけている」と思うものだけを紹介できる。そのスタンスはこれからも変わらないでしょう。

    ——笠谷さんが、やまなみ工房との関わりにおいて今後目標としていることがあれば教えてください。

    笠谷:僕の目標は、やまなみ工房の作家たちを作品だけで勝負させることです。プロフィールもなし。何も情報を与えない状態で、純粋に作品を面白いなと思ってもらえる仕組みをつくりたいんです。それを実現することが、障害者アートと一般のアートを分けないという理想に近づく一歩だと考えています。

    ——2025年の理想論のテーマは「自尊心」でした。よく、アート活動が自己肯定感を高めることにつながると言われますが、自尊心を向上させる効果もある気がします。

    茂田:自己肯定感と自尊心を同じように扱うのは、ちょっと違うでしょう。自尊心は主語がOur=私たちで、そこには自分を構成している人たち、自分を大事に思ってくれる人に対する感謝の気持ちみたいなものも内包されています。対して、自己肯定感は主語があくまでI=私なんです。自分を肯定するニュアンスが強いのが自己肯定感で、自分を否定しないというニュアンスが強いのが自尊心のような気がします。

    笠谷:自己肯定感という言葉はけっこう都合よく使われますが、自尊心という言葉はもっと尊いもののような気がします。僕自身のことで言えば、56年間をかけて培ったすべてがいまの自分の自尊心を形成しているみたいな。それはもしかしたら自分だけのものじゃないのかもしれない。

    茂田:やっぱり人って、自分を肯定できないから成長するんです。自分のすべてを肯定してしまったら成長する必要なんてなくなるわけです。僕なんか、自分が肯定できるようになる瞬間が死ぬまでに来るのかなと思っています。変なタイミングで自分を肯定できるようになったらかえって気持ち悪いでしょう。

    笠谷:自己肯定感という言葉自体、わりと最近出てきた感じですよね。

    茂田:そう思います。絵を描くことが寄与するのは、自己肯定感の向上よりも、自尊心の向上なんじゃないでしょうか。そう言われたほうがしっくりきます。

    笠谷:そうかもしれません。これは、夜の宴席でさらに深く語り合いたいテーマですね。

    茂田:そうしましょう。

    *1_やまなみ工房
    滋賀県甲賀市にある、知的障害のある人たちが創作活動を通じて個性を輝かせる場を提供する福祉施設。1986年の設立以来、「その人がその人らしく、あたりまえの生活を送る」という理念のもと、陶芸、絵画、染織など多岐にわたるアート活動を支援する。現在の施設長の山下完和さんは、利用者一人ひとりの表現を尊重し、既成の枠にとらわれない自由な創作環境を整えることに尽力。その結果、工房からは数多くのアウトサイダーアーティストが輩出される。笠谷さんは2012年に初めてここを訪れたことをきっかけに、彼らの作品の魅力を世界に発信するプロジェクト「PR-y(プライ)」を始動。現代のアートシーンにおいて、障害者アートの持つ根源的な力を示す、重要な拠点であり続けている。

    *2_AYAW2
    2025年9月に出版された「やまなみ工房」の作品集の第二弾。前作「AYAW」に続き、工房に所属する作家が紡ぎ出した、生命力に溢れる500点以上の作品を、600ページ超にわたって収録。その膨大な図版は、個々の表現の多様性と深さを余すことなく伝えるもので、やまなみ工房の制作活動の軌跡を示す貴重なアーカイブでもある。笠谷さんは本書の監修を担当。東京・代官山で行われた刊行記念のトークイベントで笠谷さんと茂田さんは2度目の対面を果たす。

    Profile

    • 笠谷圭見(かさたに・よしあき)

      1969年大阪府生まれ。株式会社リッシ取締役副社長。クリエイティブディレクターとして、広告、グラフィック、映像、空間演出など、多岐にわたる領域でクリエイティブワークを手がける。2011年から、知的障害者の創作活動の魅力を社会に発信するプロジェクト「PR-y(プライ)」を主宰。既成の美術の枠にとらわれないアウトサイダーアートの普及に尽力。作家のポートレート写真集の制作や、海外のギャラリー、研究機関との橋渡し役を担う。やまなみ工房との出会いをきっかけに、彼らの創作の根源と、それを社会がどう捉えるかというテーマに鋭く迫ったドキュメンタリー映画『地蔵とリビドー』(2018年)を監督。同作は国内外で上映される。笠谷さんの探求心は、アートと社会の間に横たわるタブーを打ち破り続けている。

      https://rissiinc.jp
      https://pr-y.org

    • 茂田正和

      音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年にはOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、22年にはOSAJI、kako、レストラン「enso」による複合ショップ(神奈川・鎌倉)をプロデュース。23年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド「HEGE」を仕掛ける。同年10月、株式会社OSAJI 代表取締役CEOに就任。著書に『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)があり、美容の原点である食にフォーカスした料理教室やフードイベントなども開催。24年11月にはF.I.B JOURNALとのコラボレーションアルバム「現象 hyphenated」をリリースするなど、活動の幅をひろげている。

    Information

    地蔵とリビドー

    やまなみ工房」に通う、知的障害のある作家たちに迫った、笠谷さんが監督を務めたドキュメンタリー映画。欧米のアートシーンで注目を集める一方で、彼ら自身は評価や完成を気にすることなく、ただ衝動のままに創作を続ける日常をスタイリッシュな映像と音楽で描いた。表現せずにはいられない「リビドー(生の衝動)」によって生み出される、純粋にして切実な創作の根源を追る。カメラの前で語る彼らの言葉、そして作品づくりに没頭する姿は、「アートとは何か」という普遍的な問いを見る者に投げかける。
    https://www.jizolibido.com

     

    DISTORTION 3
    知的障害者の創作活動を社会に発信するプロジェクト「PR-y」の一環として、クリエイティブディレクターの笠谷さんが2013年に立ち上げたファッションブランド。滋賀県の福祉施設「やまなみ工房」で生まれた、知的障害のある作家たちの奔放で切実なアート作品に着想を得て、これらの作品をテキスタイルデザインへと昇華させ、既成の概念にとらわれない独自のコレクションを展開する。デザイナーには、08年から自身のブランドをパリ・ファッションウィークで発表し続けている丸山昌彦を起用。作家たちが持つ原始的で純粋なエネルギーを、ファッションというプラットフォームを通じて社会に接続させることを目指す。

    • 写真:小松原英介

    • 文:上條昌宏

    • 撮影場所:やまなみ工房

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