Vol.22

ADX CEO / Wood Creator
安齋好太郎 氏（前編）

「選択の科学」（シーナ・アイエンガー著）という世界的にベストセラーとなった本がある。そこで焦点が当てられているのは、物事を選ぶことによって得られる可能性だけでなく、その困難さやつきまとう代償だ。
率いる会社が経営統合という選択をしたばかりの経営者にとって、直面するのはまさにそんな困難さだろう。そこに時代の厳しさが追いうちをかける。とはいえ、「たくさんの人に良質な住宅を届ける」という理想を実現するため、立ち止まってはいられない。目指す頂に向けてさらなる一歩を踏み出そうとしている建築集団のCEO、安齋好太郎さんをゲストに迎えた今回。その対話からは、「迷ったときこそ、思いきって踏み出してほしい」 というメッセージが読み取れる。

最近人生の大きな転換期を迎えた安齋さんに、現在の心境や思いを率直に聞いてみたい（茂田）

——今回のゲストは理想論でもたびたび名前が上がってきた安齋好太郎さんです。いったいどんな人なのか、読者のなかでも関心が高いように思うので、人となりも含めて顕にできればと思っています。

安齋好太郎：最近の僕は人生に迷っているようにしか見えないと思いますよ。

茂田正和：そこがいいじゃないですか。

——人生に迷っていることと、来年計画されているニュージーランド移住の話はつながっていますか？

安齋：めちゃくちゃつながっています。

——まずは安齋さんと茂田さんの出会いについて伺わせてください。

茂田：もともと安齋さんの奥さんと僕が知り合いだったんです。ひじょうに優秀なマーケターで、いつか何か一緒に仕事ができたらみたいな話をコロナ禍中にしていて、そこから安齋さんにつながり、「会いたい」と言ってもらったんです。

安齋：そうですね。

茂田：外苑前あたりで一緒にご飯を食べて、そこで完全に意気投合し、「何か一緒にやりたいですね」という話をしたのを覚えています。そこから何年か経ち、実際に一緒に仕事をするようになったのは理想論がスタートした2年前ぐらい。今日の対談場所でもあるみなかみ町のこの物件をリノベーションすることになり、それをぜひ安齋さんにお願いしたいと声をかけさせてもらいました。だからこの2年、理想論をやりながらその裏で常に安齋さんとリノベーションプロジェクトを進めてきた感じです。

——2年前にもOSAJIジャーナルで一度対談をしていますね。

茂田：僕にとって安齋さんは「森の博士」です。なのでOSAJIジャーナルのときは、森の多様性であったり、ADXが手がける森のモニタリングの話であったりと、森の話題を中心にたくさんの気づきをもらいました。ただ今日は、最近人生の大きな転換期を迎えた安齋さんに、現在の心境や思いを率直に聞いてみたいと思っています。

——大きな転換期とは、シェア別荘サービスを手がけるSANUと安齋さんが率いてきたADXとの経営統合の話ですね。

茂田：そうです。僕も2年前に大手商社の資本を受け入れる事業提携の道を選択し、同じような経験をしました。その経験から、いまはいろんなことを思い悩んでいる時期だと思うんです。そんななかで、心境の変化や今後のビジョンについて安齋さんが何を考えているのか。プレスリリースに載らない話をひとりの友人としてぜひ聞いてみたいと思ったんです。

安齋：すごくうれしいです。

つくったものに対してできるだけ長い時間を共にしたい。つくったら終わりではなく、つくった後もきちんと見守りたい（安齋）

——経営統合相手のSANUとはもともと彼らが事業を始める当初から建築設計のパートナーとして協業されてきましたが、なぜいまこのタイミングで経営統合という選択をされたんですか？　

安齋：ADXはそもそも設計だけでもなく、施工だけでもない、設計施工を一気通貫でやる会社です。そう言うとものづくりの入り口から出口までの話だと思われるんですが、そうではないんです。建築はつくってからの人生がすごく長い。数世代にわたって使われ続けることだってあります。でも、設計者や施工者は工事が終わると「はい、さようなら」と別れてしまい、建てたものとの関係が途絶えてしまいます。
　僕は自分がつくったものに対してできるだけ長い時間を共にしたいんです。つくったら終わりではなく、つくった後もきちんと見守りたい。それがつくるものに対するつくり手の責任です。そんなことを思っていたときに、「SANU 2nd Home*」というシェア型別荘のオペレーションを手がけるSANUと経営統合することで、自分たちが設計し、建てたものを長い時間見続けることができると考えたんです。自分がやりたかったことはこれだと。

——安齋さんから持ちかけた話という感じですか？

安齋：そうです。僕はもともとすごくビビリなんです。ビビリなので、つくったものがどう使われているかが気になってしょうがない。そうした関心を払拭するために新しいものを考え、上書き保存してきましたが、もうそういう時代でもないなと。そんなときに福島の同郷である本間貴裕というSANUのファウンダーと出会い、「ちょっと設計を手伝ってほしい」と言われ、関係を持つようになったんです。　
　彼らがやろうとしていることが僕らの目指す事業とフィットしていたのも大きかったですね。だから、自分自身の修行だと思って毎日彼らのもとを訪ね、頼まれていないアイデアまで提案したんです。彼らとしても毎日やって来る先輩の提案を無碍にできないと思ったんでしょう。それで、SANU 2nd Homeの滞在拠点となる「SANU CABIN」をつくることになったんです。そこをスタート地点としたらいまはちょうど中間地点。経営統合をきっかけに新たなステージを迎えたと思っています。

——目指していた理想をようやく実現する手段を得て、本来であれば希望に満ち溢れているところだと思うのですが、それがなぜ迷いや不安につながっているんでしょう。

安齋：長く建築を維持するためにあれこれ考えてきたようにみえて、実際には何も考えてこなかった。そのことに気づかされたことが大きいでしょうね。時間の経過を意識して素材や工法を決めてきたはずなのに、30年後、40年後に技術が存続していることまで見越していたかと言われたらまだまだ詰めが甘かったなと。　
　一方、機能面では技術が進化し、ほっといても建築が30年、40年もつようになった。じゃあ、40年経った建築の面倒を誰が見るのかと考えたときに、人任せではなく、オペレーションも含めた新たなシステムで対応する必要が出てきたんです。ただ、どんな仕組みが相応しいかその解がまだ見つけられていません。そうしたことも迷いを生む要因になっている気がします。

「たくさんの人に届ける」となった瞬間、量産方法や展開の仕方も含めて問題解決のハードルが一気に上がる。つくり方だけでなく、届け方のデザインも含めて考えないといけない（安齋）

——安齋さんは今回の経営統合について事前に茂田さんに何か相談されたんですか？

安齋：経営統合の話が持ち上がった頃は僕も鼻息が荒くて、相談というよりも、「茂田さん、俺こんなことやるんだよ」みたいな夢のある話ばかりしていたような気がします。そのなかには工場建設の話題もあったはずです。茂田さんも化粧品工場を建てることを構想していて、同世代が同じワードの話で盛り上がった。やっぱり「感覚が一緒だな」と思ったのを覚えています。
　なぜ建築の工場をつくろうと思ったかというと、たくさんの人に良質な住宅を届けたいからです。1点1点丁寧につくられたハンドメイド的なものも好きで、建築はこれまでそういうものだった気がします。そうしてワンオフ的なものをつくっては、また新しいものを建ててきましたが、「たくさんの人に届ける」となった瞬間、量産方法や展開の仕方も含めて問題解決のハードルが一気に上がるんです。つくり方だけでなく、届け方のデザインも含めて考えないといけないことが山ほどあって、それも「迷う安齋好太郎」につながっています。

——経営統合話で茂田さんが安齋さんにアドバイスしたことはありますか？

茂田：話を聞くだけで特に何か言った覚えはないですね。フルロボティックス化した工場でキャビンのような建物をつくるという話を聞いたときは、すごく未来思考というかロマンチックだと思いました。テクノロジーの進化と古き良き価値をきちんと融合させ、ものすごくロマンチックなものに昇華させることのできる人というのが僕の安齋さんのイメージです。　
　実際、安齋さんの周りにはテクノロジーやサイエンスに関するエキスパートがたくさんいて、そうした知見を活用しながら何かに昇華させようという先がエモーショナルかつロマンチックなものという点にずっと刺激を受けてきました。そういう思いがあったので、フルオートメーションの建築工場建設の話もすんなり理解できたんでしょう。

若い頃のようなパフォーマンスができなくなってきたと感じたときに、いったい何が自分に残るのかを考えるようになった（茂田）

茂田：「この歳になって」という言い方はあんまり好きじゃないけれど、最近僕は自分にとって何が生涯現役となり得るかを自問自答しています。僕が崇拝する渡辺貞夫さんは92歳でサックスを吹き、田中 泯さんは80歳になってもまだ舞台で舞っている。キングカズは53歳でボールを蹴り続けていますよね。昔はひとつのことをやり続けることに対してあまり価値を感じなかったけれども、フィジカルの衰えというか、若い頃のようなパフォーマンスができなくなってきたと感じたときに、いったい何が自分に残るのかを考えるようになったし、そういうものを手にして継続している人のことを尊敬するようになりました。　
　安齋さんや僕の仕事は常に経営とクリエイティブを両立させていかないといけない。実際、これまでそういうスタンスで仕事と向き合ってきたと思うけれど、もし経営かクリエイティブかのどちらかを選ばざるを得なくなったときに、どっちを取るべきかを僕は大手商社との資本提携のときに考えさせられました。
　いまでもこの問いについては自分のなかで明確な結論が出ていなくて、もし両方できるのならやり続けたい。でも、中途半端にやるのは周りに迷惑がかかるのでぜったいダメなんです。安齋さんが選んだSANUの近年の躍進ぶりを見ると、CEOの福島 弦さんは本当に経営のジーニアスだなと感じます。きっと安齋さんも同じ思いで、経営については彼に任せて、そのぶん自分は生涯クリエイティブに専念しようと考えたんでしょう。クリエイティブとは、単に建築をデザインするだけでなく、工場建設や建物の届け方も含むものづくり全般の思想構築です。そういう選択をした安齋さんが正直僕には羨ましい。ただし、人はそんなに単純にものごとを割り切れない生き物です。だから迷うんです。新しいことに踏み出し、そこでいろんな現実に直面し悩むことだってあるでしょう。まさにいまの安齋さんがそういう心境だと思います。

——経営かクリエイティブかの選択を迫られ、クリエイティブを選んだ結果がSANUとの経営統合の真意ということですね？

安齋：間違いないです。

茂田：僕らの立場になると自分がどっちをやりたいという感覚でものごとを選ぶことは難しくて、自分以外に替えがきく人間がいるかどうかでしか選択できないんです。

安齋：僕のなかで経営統合の決断はけっこうシンプルで、やっぱり自分がやっているものにもっと集中したい、もっと研究したいという思いが大きいんです。まだまだクリエイティブの領域が未熟なので、そこをさらに伸ばしていきたいと。　
　経営に関しては、特別誰かに習ったわけでも、勉強してきたわけでもないので、得意な人がいたらその人に任せたほうが会社も躍進するだろうと。それが結果的に会社を守っていくことにつながると考えました。ただ、実際に経営の仕事が自分の手から離れたことで、いままで30分刻みでミーティングが入っていたスケジュールの半分ぐらいが一気になくなったんです。空いた時間にクリエイティブのことを考えられると思っていたけれど、けっこう何をしていいのかわからなくなって。経営とクリエイティブの両輪があってはじめて自分という人間が構成されていたんだと気づかされました。いまは空いた時間を散歩などに費やしています（笑）。おそらく新しい状況に順応するまであと半年ぐらい悩むんでしょうね。その間、自分の価値を含めて何をやるべきかをじっくり考えたいと思います。

——茂田さんは他社の資本を受け入れましたが経営を手放してはいませんよね。

茂田：僕は当分両輪で行きます。ただ、すごく正直に言えばどちらかを手放したいと思うぐらい時代が難しいと思っていて。気持ちがへこたれるぐらいいろんなことが厳しくなっていると感じます。例えば工場ひとつ取っても、ここ数年で建設費が2倍以上に跳ね上がっている。未来のためにインフラを整えようとしても投資がぜんぜん追いつかない実態があるんです。高額な投資は回り回ってプロダクトの価格にのってくるわけで、その額を消費者が負担できるかという問題もあります。

安齋：価格転嫁の問題は僕もすごく悩んでいます。

茂田：これは単純に物価高がどうという話ではないんです。これまで無理してきた歪みが正常な状態に戻ろうとしているだけとも言えて、そう考えると以前の価格に戻るのはそんなに簡単ではないでしょう。原価構造や価格の問題、ビジネスパートナーとの関わりや社員との関係性など考え直さないといけないことが山ほどあって、脳内で考えることの大半をそちらに振り向けないといけない。必然的にクリエイティブな思考が隅に追いやられていき、それもまた僕らにとってはつらい問題です。

安齋：その心境、わかります。いま新しい建築モデルをつくっていて、それをたくさんの人に届けようと思うと鍵となるのはやっぱりコストです。憧れはあるけれど高くて手が届かないというのは僕らがやろうとしているビジネスとは相反していて、そこはしっかりコストコントロールしていきたいと思っています。でも、目をつぶって次の日を迎えたらコストが上がっているというのが現状です。日々上がっていくものをどうやったら抑制できるか。僕自身がいくつものことに手を出していたら、その解はぜったいに見つからない。ひとつのことに集中して考え続けないとみんなに届けるという約束は果たせないだろうし、それぐらい時代の流れが加速しているんです。
　買えていたものが買えなくなったり、使えていた手法が使えなくなったりするのって、恐ろしいですよね。建築の現場でも、いままでの工法や素材を駆使して考えたものがアウトプットにまで届かない状況が顕著に出てきている。ゴールは決まっているのに、そこにたどり着くルートが定まらず、行ったり来たりしている状況が本当に悩ましいです。

人に過度に依存せずとも建物がつくれる新たなソリューションを考えないと次の世代に引き継げない（安齋）

安齋：いま建築の世界で幅を利かせているのはVE（バリューエンジニアリング）とCD（コストダウン）です。どうしたら建物の価値向上を図りつつコスト削減できるか。設計施工のプロセスの大半がそのためのコミュニケーションに充てられています。夢を叶えるというよりも、夢をどんどん削っていくこうした作業はやっぱりつらい。いま僕に課せられたタスクは、そういったつらい作業をひとつでもふたつでも減らせるような新しい設計施工の仕組みづくりであり、それを達成することが良質な建築をたくさんの人に届けるという約束を果たすことになると思っています。

——タスクを達成するための手段のひとつが、ロボットを活用したフルオートメーションの組み立てということですか？

安齋：ロボットも確かに手段のひとつです。ただロボット以前に、日本の木造家屋の多くで用いられている柱や梁、筋交を組み合わせて骨組みをつくる軸組工法のようなものから変える必要があるでしょう。　
　軸組工法は大工という職人を増やすために生まれた工法で、誰もが扱えるものではないんです。大工がたくさんいた時代ならまだしも、少子高齢化で建設現場で働く人たちが減っているいまでは技術そのものが重たくなっている。人に過度に依存せずとも建物がつくれる新たなソリューションを考えないと次の世代に引き継げないんです。僕らが目指す技術改革のキモはその部分です。

——生産や施工のプロセスを重視した20世紀を代表するデザイナーであるジャン・プルーヴェの「つくれないものをデザインしてはならない」という言葉にもつながる話ですね。

安齋：まさにそうです。絵は描いたけれどつくれないというのは、好きな人にラブレターを書いたけれどもふられたみたいで寂しいじゃないですか。だからふられないように僕は頑張りたい（笑）。

——冒頭でも少し触れましたが、来年からお子さんとふたりでニュージーランドに移住されるとのことですが、なぜこのタイミングなのでしょうか？　周囲からも反対の声があったと伺いました。

安齋：妻も含めて「なんでいまなの？」という声は確かに多いです（笑）。「経営統合してやる気をなくし、遊んでるんじゃないの」と言われることもあります。でもまったくそうではなく、移住するのは1年間だけ。2歳の息子と一緒に山の中に住む予定なんです。英語もろくにしゃべれない僕がそんなところに行って何が起こるかといえば、困ることだけです。買い物をするにも、息子が病気になったとしても誰かの助けはほとんど期待できない。でも、そういう状況に身を置くことで初めて気づかされることがあるはずです。　
　AI技術が進化し、時代はこれからもっと便利になるでしょう。自分がやらなくても誰かがやってくれる。きっとそんな時代がすぐ来るんです。そうなると、「ありがとう」という言葉も定型文のひとつになり、本質的な意味とはかけ離れたものになってしまう恐れがあります。言葉が通じないところで僕が困っている姿を見て、近所に住んでいるおばちゃんがクッキーを1枚めぐんでくれたら、僕はその優しさに涙するでしょうし、心からありがとうという言葉を言える気がするんです。ニュージーランド行きは、ありがとうという言葉の意味を再認識するとともに、感謝の姿勢の大切さを建築設計にきちんと生かすためのリセットだと思っています。

——ニュージーランドでも仕事を続けられるんですか？

安齋：仕事はします。でも、僕らが本当に届けたいのは「自然」なんです。机上でいくら「自然っていいよね」と言ったところで、パソコンとばかり向き合っていては自然の素晴らしさを伝えるようなデザインはできない。自然の美しさや楽しさをきちんと建築に取り込み、物語として後世に続いていくようなものを考えないといけないと思っています。

後編 につづく

*SANU 2nd Home
個々のライフスタイルに最適な形で、日本の美しい自然の中に独自に建築したシェア別荘「自然の中のもうひとつの家」を提供するサービス。24年からは共同オーナー型サービス「SANU 2nd Home Co-Owners」を新たにスタート。25年11月時点で全国35拠点218室を展開する。