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茂田正和

レコーディングエンジニアとして音楽業界での仕事を経験後、2001 年より母親の肌トラブルをきっか けに化粧品開発者の道へ。皮膚科学研究者であった叔父に師事し、04 年から曽祖父が創業したメッキ加 工メーカー日東電化工業のヘルスケア事業として化粧品ブランドを手がける。肌へのやさしさを重視し た化粧品づくりを進める中、心身を良い状態に導くには五感からのアプローチが重要と実感。17 年、皮 膚科学に基づいた健やかなライフスタイルをデザインするブランド「OSAJI」を創立、現在もブランド ディレクターを務める。21 年、OSAJI として手がけたホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」 (東京・蔵前)が好評を博し、22 年には香りや食を通じて心身の調律を目指す、OSAJI、kako、レス トラン「enso」による複合ショップ(神奈川・鎌倉)をプロデュース。23 年は、日東電化工業のクラ フトマンシップを注いだテーブルウエアブランド「HEGE」を仕掛ける。24 年にはF.I.B JOURNAL とのコラボレーションアルバム「現象 hyphenated」をリリースするなど、活動の幅をひろげている。 近年は肌の健康にとって重要な栄養学の啓蒙にも力を入れており、食の指南も組み入れた著書『42 歳に なったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)や『食べる美容』(主婦と生活社)を刊行し、料理教 室やフードイベントなども開催している。

つねにクリエイティブとエコノミーの両立を目指し、「会社は、寺子屋のようなもの」を座右の銘に、 社員の個性や関わる人のヒューマニティを重視しながら美容/食/暮らし/工芸へとビジネスを展開。 文化創造としてのエモーショナルかつエデュケーショナルな仕事づくり、コンシューマーへのサービス デザインに情熱を注いでいる。

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    2025-07-24

    Vol.19

    ギタリスト
    MEGURI 氏

    • 夢の叶え方
    • 追い求めるのは自分の夢ではなく、チームの夢
    • カルチャーとジェネレーションのミックスでシナジーを
    • 「売れる」とは何か?
    • 音楽は「動的感動」を得る機会
    • 相対のなかで自分を知る

    「あなたの夢はなんですか?」。そう聞かれて答えに窮した経験を持つ人は意外に多いのでは。日々のやることに精一杯で、長期的な夢を描いたり、実現するための時間をつくれない。そのことに悩み、「自分はダメな人間だと」自己否定に走る。そういうマイナスの感情が「夢の実現を妨げている」と世間では言われてきた。
    でも本当にそうなのか? 夢を叶える道筋はもっとさまざまあっていいのではないか? そんな想いに端を発した今回の対談。ゲストはスリーピースインストゥルメンタルバンド、paranoid void(パラノイド・ヴォイド)でギタリストを務めるMEGURI さん。音楽活動を諦めず、世界三大ジャズフェスティバルのひとつに出演するまでに至ったミュージシャンが、自らのナラティブ(物語)を通して、夢との向き合い方や実現の先にある想いなどについて語った。

    わかりやすい楽曲をつくって売れることでしか音楽を続けられないとしたら、それはすごくもったいない(茂田)

    ——まず、茂田さんからゲストのMEGURIさんについて紹介いただけますか?

    茂田正和:あるときインスタをスクロールしていたら、モントルー・ジャズ・フェスティバル*という音楽フェスでライブパフォーマンスをするかっこいいバンドの映像が流れてきたんです。女子3人組のインストゥルメンタルバンドと、僕の音楽のツボに入る条件に見事に合致していた。そのバンド——paranoid voidでギターを弾いていたのがMEGURIさんでした。後日バンドのホームページを見たら、以前にゲストで出てもらった武田(信幸)くんのLITEと対バンなんかをしていることもわかり、何か一緒にできたらなと漠然と思ったんです。 

    ——茂田さんの音楽的嗜好が伝わってくるエピソードですね。

    茂田:僕は人が豊かな精神状態でいるためには音楽を聴いて高揚したり、感動したりすることが大事だと思っていて、「聴く美容」という試みをやっているのもその一環です。その顧客に向けて技術的にもかなり凝ったparanoid voidのサウンドを聴かせたらどんな反応が起こるか、すごく興味があります。それでホームページからコンタクトし、「一緒に音楽イベントをやらせてもらいたい」という主旨のことを伝えさせてもらいました。

    ——MEGURIさんからの反応はいかがでしたか?

    茂田:「一度話をしましょう」となって、大阪に出張した際に梅田のカフェで会うことになりました。1時間ほど話をするなかで「理想論」というメディアをやっていることも伝え、「よかったら、今度対談させてもらえませんか?」と提案し、今日に至った感じです。

    MEGURI:私は以前からOSAJIのプロダクトを使っていて、ブランドの見せ方やコンセプトに好感を持っていました。そのことも連絡いただいたときに会ってみたいと感じた理由です。話をすると、やっていることはまったく違いますが、物事の捉え方や見方において通じるものを感じました。一緒に何か楽しいことができたらいいなと思えたのはそれも大きい気がします。

    茂田:そんなふうに言ってもらえてうれしいです。

    ——今日はMEGURIさんとどんな話をされたいと?

    茂田:僕が音楽業界にいた90年代は、ミリオンセラーやダブルミリオンセラーが連発していて、そういう数字を達成できないと音楽的に価値がないとさえ言われました。音楽に関する嗜好が一極集中するなかで、そこからはみ出たことをやろうとする人たちが一気に行き場を失い、音楽活動を諦める流れが加速していったんです。僕もそのひとりでした。 
     ただ、それでもやっぱり音楽をやり続けたいと思っている人はいて。スターになるとか、お金持ちになることだけが音楽を続ける動機ではないと思うし、わかりやすい楽曲をつくって売れることでしか音楽を続けられないとしたら、それはすごくもったいないという気がするんです。
     paranoid voidの楽曲がインスタから流れてきたときに、僕はまたこんな期待の新星が出てきたのかと純粋な感動を覚えました。でも、周囲に話しても知っている人は誰ひとりいなかった。そのとき改めて、楽曲がかっこいいこととそれが売れるかどうかはイコールではないと気づかされたんです。

    僕らもプロダクトをつくるなかで、自分たちがどうありたいかというビジョンを追求すればするほど顧客のニーズから離れていくという経験をたくさんしてきました。だからといって、ビジョンを追求しなくていいかと言うとそれも違う。ビジョンを追求するからこそ「好き」と言ってもらえることだってたくさんあるんです。無難に売れるものだけをつくっていたら、「何か一緒にできませんか」と言ったところでMEGURIさんのような人に関心を持ってもらえなかったでしょう。
     そんなことを考えながら、MEGURIさんたちはどんな思いでいままで音楽を続けてきたのか。そして、これからどういう想いで音楽と向き合っていこうと考えているのか。夢の叶え方ではないけれども、どうしたらやりたいことを続けていけるかみたいな話を聞いてみたいと思ったんです。 

    ——いまの話を聞いて、MEGURIさんは90年代と現在の音楽を取り巻く環境の違いをどう感じますか?

    MEGURI:90年代の音楽シーンを経験していないので単純な比較はできませんが、いまは何でも売ろうと思えば売れる時代だと思います。例えばTikTokでバズらせるのもそのひとつです。「バズ」という言葉があるように、いまは認知されることに重きを置く風潮があります。その行為自体は否定しませんが、あまり好きじゃないです。バズってどこか人任せのような感じがするんです。つくる側が確固としたアイデンティティを持たないと、ただ消費されて流れていくだけのコンテンツになってしまう気がしていて。

    ——何のために音楽をやり、楽曲をつくるのかという点も含め、つくり手側にアイデンティティが強く求められるのがいまの時代ということですね。

    MEGURI:それがないと消費の波にのまれてしまうんじゃないでしょうか。

    自分たちの技術やセンスに自信が生まれ、周囲に協力してくれる人が増えたことで、気持ちが変わってきた(MEGURI)

    ——多くの人に聴いてもらいたいという思いと表現欲求とではどちらが上ですか?

    MEGURI:私たちは今年で結成12年目を迎えましたが、昔はもっと内向的な表現の色合いが強いバンドでした。自分自身も表現することに対して内向きで、鬱々とした感じだったんです。でも活動を重ねるうちに、自分たちの技術やセンスに自信が生まれ、周囲に協力してくれる人が増えたことで、いろんなことに挑戦し、みんなで楽しくやっていこうと外向的なモチベーションに気持ちが変わってきた気がします。 
     そういう変化のなかで、夢と言うと大袈裟ですが、「次はあのイベントに出たい」とか「あの場所で演奏したい」といった欲求が生まれてきました。最近はそうした小さな目標をひとつずつクリアしながら、その都度夢を描いている感じです。

    ——内向型から外向型に変化したいちばんの要因は何だったのでしょう。

    MEGURI:やっぱりいろんな人との接点が増えたことだと思います。例えばレーベルへの加入もそうですし、聴いてくれる人が増えたことも影響しています。他者の存在を介して変化していったというのが大きい気がします。

    ——MEGURIさんはそもそもミュージシャンになることが夢だったのでしょうか?

    MEGURI:ミュージシャンって、自称じゃないですか。どうしたらミュージシャンと名乗っていいのか定義が難しいですよね。私の場合は続けていたらたまたまこうなったという感じです。
     ひとつのことを長く続けていると、それが自分と社会をつなぐ接点となり、後に引けなくなったりします。いろんな人が自分たちのために協力してくれていたりするとなおさらで、さらに、どうしたらそういう人たちを幸せにできるかを考えるようにもなる。いまは自分の夢を叶えたいというよりも、チームとしての夢を叶えたいという気持ちのほうが強いです。

    茂田:音楽が内向きだったり、気持ち的に鬱々としていたりしたのは、自己を否定する気持ちが強かったからですか?

    MEGURI:確かにそれもありました。言葉にし難いんですが、自分を浄化させるために音楽をやっているみたいなところがあって。それこそ自己満足ですよね。

    茂田:僕は最近、自分が日々やっていることをグラフ化してみたんです。そうしたらピラミッド型になって、底辺の部分がコンプレックスとの対峙でした。美容の仕事も化粧品づくりも行き着く先は自分のコンプレックスといかに向き合うかなんです。そこと向き合えると、次に「社会とどう接合していくか」という段階に上がり、ピラミッドの頂点が「自己表現欲求」です。さらにその上に、雲のような存在として「他者といかに認め合うか」があると思っています。 
     なぜこんなグラフをつくろうと思ったかというと、あまりにもいろんなことに手を出しすぎて、たまに自分はいったい何をやっているのかがわからなくなるからです。すべての行動が感覚的で、あらかじめパーパスのような目標やプロセスを決めてやったことなんて一度もありません。目の前の興味関心と向き合い続けた結果としていまがあるんです。

    MEGURI:私も同じかもしれないです。

    茂田:僕が音楽をやっていたときも、「演奏が下手なんじゃないか」「自分の音楽を聴きたいと思う人なんて誰もいないんじゃないか」といった自己否定意識が常に付きまとっていました。そういう意味で僕の音楽活動はコンプレックスとの対峙であり、自己表現とはかけ離れたものだった気がします。

    MEGURI:確かにそれは自己表現ではないですね。

    茂田:自己表現したいという気持ちは、人が喜ぶ場面を見て初めて表れるものだと思います。すると突然、他者の表現を肯定的に捉えられるようになったり、「一緒にやろう」という気持ちが芽生え、日々の時間を幸せだなとか、豊かだなと思えるようになるんです。でも、僕はそういう気持ちになるまでにけっこう時間がかかりました。もしかすると去年ぐらいだったかもしれない。

    MEGURI:私もそういう思いを抱けるようになったのは最近です。

    これからの時代を考えたときに、ミックスすることの面白さがキーになる(茂田)

    ——ミュージシャンを夢見ながら、途中で諦めて別の道に進んだという人は多いと思いますが、MEGURIさんが今日まで音楽を続けてこられている原動力は何ですか?

    MEGURI:やめるタイミングがなかったんです。解散するバンドや脱退する人の気持ちってすごくわかるんです。違う人間同士が集まってひとつのことをやる。しかも精神的にも時間的にもかなり持っていかれる点からも、バンド活動の継続には相当な労力がいります。それを思うと、メンバーや周囲に恵まれている私は運がいいんでしょう。周りに生かされてやってこれたのだと思います。

    茂田:でも、そういう人たちに出会えるか出会えないかも本人の才能次第じゃないでしょうか。出会っているのにチャンスをつかめていない人だっていると思うので。

    MEGURI:私は人のいいところだけを見るのが得意なんです。この人とは長く付き合うだろうと思える人に出会えたら、その人の良いところや尊敬できるところに目を向けるようにしています。バンドは一人ではできないので、他人に対してできるだけ寛容であることも大切だと思いますね。

    ——MEGURIさんは今日、茂田さんとどんな話をしたいと思って来ましたか?

    MEGURI:茂田さんは美容に結び付けていろんなことをされています。そのなかで、私たちと何を一緒にやりたいと思っているかを聞いてみたい。

    茂田:冒頭でも言ったようにフェスを一緒にやりたいですね。大規模なものでなくていいし、もっと言えば音楽フェスじゃなくてもいい。構想しているのはカルチャーフェスのようなものです。 
     これからの時代を考えたときに、ミックスすることの面白さがキーになると思うんです。音楽があってアートがあって、誰かが身体をゆすっている向こう側で、落書きをしていたりご飯を食べていたりする人がいる。いろんなカルチャーが同時に存在する祭りのようなイメージです。でも、誰とでもいいわけではなく、やるなら想いを同じくする人と実現したい。だから、一緒にフェスができそうな相手を見つけては、最近頻繁に会うようにしています。

     MEGURIさんはさっき、人に恵まれる理由を自身の寛容さだと言いましたが、僕の場合は人同士をつなぎまくってきたことが自分という人間を形成してきたと思っています。誰かと会い、いいと思った人を誰かにつなぐ。それによって僕の周りで化学反応が起こり、結果的に自分の力にもなる。まさに自分という人間をつくってきたプロセスであり、それをこれからもライフワークとして続けていきたい。
     さらに、これは僕しかやらないだろうから言っておきたいのですが、ジェネレーションミックスに挑戦したいんです。いまの世代分断はすごく酷いですよね。大人は若い世代が好むアニメーションやボカロをチャラついたものと見下していて、若者たちは「おっさんたちがそんなこと言ってもね」みたいな感覚を抱いている。僕が子どもの頃は、「お前、面白いな」と言って、イベント会場を自由に使えるよう工面してくれた大人が周りにたくさんいました。そういう大人とつながることでレッド・ツェッペリンのような音楽との出会いがあり、たくさんの刺激をもらえた。だから、僕は50代、60代、70代の人とも付き合うし、10代の子たちとも何か一緒にやれる可能性があったらやりたい。両手を広げて誘ったらかなり面白いシナジーが生まれると思っていて、その意味でもフェスを実現させたいんです。

    MEGURI:いいですね、ぜひやりましょう。

    ——世代の話が出ましたが、paranoid voidのリスナーはどの世代がいちばん多いですか?

    MEGURI:大学生や20代前半の子もいますが、ボリュームゾーンは30〜40代です。ただ、中国や台湾だとそれよりも若い人が多い印象です。イギリスはわりと女性が多くて、男性の世代も幅広い。世代でくくるとそんな感じですが、基本的にニッチなものにアンテナを張っている人が中心層だと思います。

    茂田:僕はジェンダーをつないでいく音楽という印象を持っています。

    ——音楽を続けていくために経済的な面で工夫していることはありますか? 音楽活動と経済的な安定をどう両立させるかは、多くのミュージシャンが抱える悩みだと思います。

    MEGURI:両立できているかはさておき、自分たちがやりたい音楽をやりたいかたちで行うにはやっぱりお金が必要です。それなりの大きさのステージできちんとしたセットを組まないと、自分たちが納得できる音が届けられない。そういう気持ちが強くあります。じゃあどうすればその環境を手に入れられるかは、プロセスも含めて模索中で、まさにトライ&エラーです。楽しければいいではすまされない部分だと思っています。

    茂田:そういう工夫も含めてどういう方法があるのかは、これからいろんな道を歩んでいく若い世代にとって大きな関心事でしょう。

    MEGURI:気の利いたアドバイスはできませんが、やりようはいくらでもある気がします。あとは自分のセンス次第。あまりいろんなことを考えず、とりあえずやってみたらいいと思います。

    茂田:話が少し脱線しますが、ボカロはバンドメンバーがいなくても成立する音楽形式ですよね。もっと言えば、演奏のスキルもあまり求められない。パソコンはいじれないといけないけれど、ギターテクニックも歌唱力も不要。演奏が下手だったり、歌がうまくなかったり、容姿にコンプレックスを抱えてきた人の気持ちをすべてカバレッジしてくれるのがボカロという世界のように思います。Meguriさんはそんなボカロをどう見ていますか?

    MEGURI:ボカロカルチャーですか……。私は、人は人、自分は自分と思うタイプなので、特段いいとも悪いとも思っていないというのが正直な感想です。音楽においてバンドという形式が最高だとも思っていませんし、オーケストラもアカペラも素敵だなと。 
     この前アメリカにツアーで行ったときにロサンゼルスの教会で地元の子どもや大人が一緒になってゴスペルを歌う場面に遭遇し、とても感動しました。歌の上手い下手はよくわからなかったのですが、とにかくパワーがすごかった。そういう音楽体験ができるなら、バンドだろうとボカロだろうと合唱だろうと形式は何でもいい気がします。それぞれに魅力があり、理由があってその形式を選んでいるんだろうから、好きなものをやればいいんです。

    茂田:そういうところもやっぱり寛容ですね。 

    湿度や季節の移り変わり……そういう環境で暮らす自分たちが好むメロディーや曲の展開が結果的に日本っぽく映るんじゃないか(MEGURI)

    茂田:paranoid voidの初期の作品にはボーカルが入っているものもありますが、そこからどうやってインストゥルメンタルのスタイルに行き着いたんですか?

    MEGURI:インストゥルメンタルに推移したのは、「歌っていないときのほうがかっこいい」と思ったのがきっかけです。あと、歌が入っていた時期は内向的な意識が強かったタイミングとも重なっていて、やっている自分たちが疲れてしまったというのもあります。

    茂田:歌詞のメッセージが重いみたいなことですか?

    MEGURI:メッセージも重いし、演奏するたびに自分たちが疲弊していくような感覚がありました。それならいっそのこと、「歌をなくそう」と。でも当時の楽曲が好きだと言ってくれるファンもいて、北米ツアーのきっかけをくれたのもそのときのアルバムなので否定する気はないし、後悔もしていません。

    茂田:paranoid voidの楽曲を聴いて思うことのひとつに、サウンドが日本っぽいというか、すごくジャポニズム的なものを感じます。

    MEGURI:それは海外でもよく言われます。おそらく日本の湿度や季節の移り変わりとかが微妙に影響していて、そういう環境で暮らす自分たちが好むメロディーや曲の展開が結果的に日本っぽく映るんじゃないかという気がしています。

    茂田:切なさみたいなニュアンスも含めてね。

    MEGURI:そうかもしれないです。

    茂田:演奏について海外ではどんなふうに評価されている感じですか?

    MEGURI:叩きつけるようなスタイルに最初はみんな驚きます。しかもそれがガールズバンドで、それなりにテクニカルなこともやったりしているので、びっくりする人もいるんでしょうね。

    茂田:楽曲を聴いてライブに来る人が多いんしょうか?

    MEGURI:そういう人もたくさんいますが、一緒にライブに出ているバンドが目当てで来て、会場で初めて私たちの存在を知る人もけっこういると思います。

    茂田:昨年、中国の杭州市で開催されたモントルー・ジャズ・フェスティバル*にはどういういきさつで参加することになったんでしょうか?

    MEGURI:ヨーロッパのエージェント経由でオファーがあったんです。エージェントの人とは初めてのイギリスツアーの際に知り合ったんですが、私たちに会うためにわざわざフランスから駆けつけてくれて、paranoid voidへの愛をつづった手紙もくれました。会って話をしたらすごく感じのいい女性で、「この人なら」と思ってエージェントをお願いしたら、モントルーにもつながったんです。最近所属するようになったレーベルは逆に中国を含むアジアのネットワークに強くて、中国のフェスからもオファーが来るようになりました。

    茂田:活動の広がり方で日本と海外の違いを感じたりはしますか?

    MEGURI:基本は一緒のような気がします。いいライブをし、観客のクチコミが新たな客層の獲得につながるのはどこも同じです。ただ、つながり方やスピード感で少し違いがあるのかもしれません。

    茂田:女子3人組のインストゥルメンタルバンドで、欧米やアジアでもツアー実績がある。そう考えるとparanoid voidはすごくかっこいいポジションにいる気がします。

    MEGURI:そんなことはまったくなくて、本音を言えばもうちょっと売れたい(笑)。数字をもう少し持っていた方が関わってくれる周りの人を安心させられるので。

    ——関わってくれている人たちを幸せにするため、ということですか?

    MEGURI:そうです。「売れる」ってけっこう難しい表現で、みんながお金をたくさん稼げるようになることもそのひとつかもしれないですが、例えばヨーロッパの大きなフェスのメインステージで夜にライブを行い、そこにチームの仲間や関係者を呼んで、「すごく良かったよ」と思ってもらえるような還元の仕方もある気がしています。

    ——それがいまの夢ですか?

    MEGURI:夢というよりも目標です。

    音楽が持つ力というのはサウナで「ととのう」感覚と近いと思っている(茂田)

    ——先ほど茂田さんはMEGURIさんと一緒にカルチャーフェスを行いたいと言われました。「文化」をひとつの軸として捉えたときに、そこに音楽が入ることの意味や効果をどう考えていますか?

    茂田:そもそも僕は音楽フェスがあまり好きじゃないんです。音楽フェスは、ミュージックラバー以外の人を寄せ付けない雰囲気があって、楽しみ方もミュージックラバー向けにある程度確立されている。音楽好きじゃない人がそこに入っていくのはかなりハードルが高いでしょう。 
     僕は音楽が持つ力というのはサウナで「ととのう」感覚と近いと思っているんです。高温で自立神経をいったん交感神経側にガッと振って、その後に水風呂や外気浴でリラックスし、最後にととのうみたいな。同じ作用が音楽にもある気がします。 
     美容の文脈で音楽をやっていると、誰もがヒーリングやアンビエントっぽいサウンドを想像しがちですが、僕はそれを求めていません。チルしてもらいたいのではなく、思いっきり興奮してほしい。それが音楽の本質的な力だと考えています。
     人は昔から辛いことがあるとリズムを取って踊ってきました。踊れば自然と気持ちが高ぶり、小さなことがどうでもいいと思えるようになる。抱えていた問題がすべて解決するわけではないけれど、「まぁ、何とかなるさ」と思える力が音楽にはある気がします。それが自分の主宰するフェスに音楽が介在してほしいと思う理由です。いまの日本にいちばん欠けているのはアートから得られる静的感動とは違う動的感動で、それを得られる機会という点からも音楽に関わってほしいんです。

    MEGURI:日頃から音楽ありきで発想する癖が付いているので、解像度高くものを見るというのはこういうことなんだと、新鮮な気持ちで話を聞いていました。

    ——聴く側の心理としてサウナに入る感覚に近いという話が出ましたが、演奏する側にもそういう感覚はありますか?

    MEGURI:ライブ中はとにかく無我夢中で、まさに交感神経が優位になっている状態です。でもごくたまに、交感神経は高ぶっているんだけれども気持ちがすごくリラックスしている精神状態になるときがあります。そのときは「ととのった〜」みたいな気持ちになれます。

    茂田:ゾーンに入るような状態なのかもしれないですね。

    MEGURI:そうかもしれません。一段ギアが上った感じで、すごく気分がいいんです。

    茂田:paranoid voidのサウンドは交感神経の側にガッと振るのにすごくいいコンテンツだと思います。

    ひとりで叶えられる夢なら叶ったことが夢でもいい。でも誰かと一緒に実現するのなら相手に想いを伝えることが大事(MEGURI)

    ——paranoid voidとしての今後の予定について教えてください。

    MEGURI:8月2日に大阪でRegaというバンドとツーマンライブをやります。去年から自分たちが好きなバンドに声をかけて一緒にライブをする企画を行っていて、初回がLITEで、今回のRegaで4回目になります。それと、年内にフルアルバムを出す予定です。

    ——好きなバンドと「対バン」することで得られるものは何ですか?

    MEGURI:「そういう流れで、そう来るんだ!」みたいな展開のテクニックで「なるほど」と勉強になることがたくさんあります。でもいちばんは、ライブのかっこよさです。自分たちがそう思えるバンドにしか声をかけていないんですが。

    茂田:僕は音楽に関してはわりと雑食で、超クラシカルなジャズや現代音楽からハードロックやヒップホップまで幅広く聴いてきました。でもヘビーローテーションで聴きたいのは踊りたくなる楽曲で、paranoid voidやLITEも僕のなかではダンスミュージックという位置付けです。

    MEGURI:そう思ってもらえるのはうれしいです。

    茂田:だからライブは身体を揺するのがはばかられるすし詰め状態ではなく、人との間隔を一定距離保てるような場所でやってほしいと思っています。僕がオーガナイズするときはぜったいにそういう場所を選ぼうと思っています。

    ——対談の結びとして、これだけは伝えておきたいということがあれば。

    茂田:多くの人は夢とは明確な目標であり、それを叶えるものだと思っていますが、現実には目標すら立てられず、そのことにコンプレックスを感じている人がかなりいます。でもMEGURIさんの話からもわかるように、目の前の興味関心と向き合い、人との出会いも含めて一歩ずつ前に進んでいくことで、目標やそれを実現する道のりに気づくということでもいいような気がします。そのあたりのことが伝わったらうれしいですね。

    ——夢を持つことと、夢を叶えることではどちらが大切だと思いますか?

    茂田:難しい質問ですね。

    MEGURI:「持つこと」と言っておいたほうがいい気がします(笑)。

    茂田:夢を持っていてもそれが叶わなかったらやっぱり傷つきますからね。僕も傷つきたくない。だったら、叶ったことが夢でもいい気がします。MEGURIさんも、いまの自分の立場を夢見てやってきたわけではないと言っていましたし。

    MEGURI:でも最近レーベルの社長から、周りを巻き込んで一緒に何かをやっていくためには周囲に自分の夢を語らないとダメだとよく言われます。夢を共有しないことには行動計画が立てられないし、応援しようという気持ちが湧かないと。
     ひとりで叶えられる夢なら叶ったことが夢でもいいでしょう。でも誰かと一緒に実現するのなら相手に想いを伝えることが大事だと最近思いはじめています。

    茂田:確かにみんなでプロセスを共有し、夢を叶えようという場合にはビジョンを示すことが重要で、僕自身もその必要性を最近感じています。それは、この歳になっていろんな経験を繰り返し、嘘のないビジョンを描ける自信が持てるようになったことも大きい。5年前、10年前にビジョンを描けと言われたら、きっと「絵に描いた餅」みたいなものになっていたでしょう。 
     今日MEGURIさんの話を聞いていいなと思ったのは、人前でパフォーマンスをしたり、いろんな人との関わりを持つなかで、自分が実現したい夢がどんどん明確化されていったという事実です。他者とのつながりや関わりのなかからしか自分自身を見つけることはできないと言われている気がして、すごく共感しました。

    MEGURI:本当にそうだと思います。最後にうまくまとめていただきありがとうございます。

    茂田:フェスも実現に向けて動いていきましょう。

    *モントルー・ジャズ・フェスティバル
    1967年から毎年7月にスイスを代表する避暑地であるモントルーで開催されるジャズ・フェスティバル。現在はジャズに加え、ブルース、ロック、レゲエなど幅広いジャンルをカバーし、世界最大級の音楽イベントに数えられる。50年を超える歴史のなかで数々のライブ音源がアルバムとしてリリースされ、日本のミュージシャンでは70年のライブを収めたサックス奏者の渡辺貞夫による『モントルー・ジャズ・フェスティヴァルの渡辺貞夫』が名盤として知られる。現在は日本を含むスイス以外の地でも開催され、paranoid voidは2024年に中国の杭州市で行われた中国エディションに出演している。

    will / paranoid void

    Profile

    • MEGURI(めぐり)

      長野県生まれ。2013年に大阪でインストゥルメンタルバンド「paranoid void」を結成。バンドではギターを担当する。国内のライブ活動に加え、2015年のマレーシアを皮切りに、カナダ、アメリカ、イギリス、フランス、台湾、中国など海外でも公演を重ねる。音楽活動のかたわら、ライター業も並行して行うパラレルワーカーでもある。

    • 茂田正和

      音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年にはOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、22年にはOSAJI、kako、レストラン「enso」による複合ショップ(神奈川・鎌倉)をプロデュース。23年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド「HEGE」を仕掛ける。同年10月、株式会社OSAJI 代表取締役CEOに就任。著書に『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)があり、美容の原点である食にフォーカスした料理教室やフードイベントなども開催。24年11月にはF.I.B JOURNALとのコラボレーションアルバム「現象 hyphenated」をリリースするなど、活動の幅をひろげている。

    Information

    paranoid void

    2013年に結成された女性3人組によるインストゥルメンタルバンド。大阪を拠点に国内外で活動している。メンバーはギター担当のMEGURI、ドラム担当のMipow、ベース担当のYu-ki。それぞれが異なる創作背景を持ちつつ、独自の視野と想像力を組み合わせ、鋭角的で爽快感のある唯一無二のサウンドを紡ぎ出している。24年より自らが企画する対バンライブ「showtopia」を開催し、8月2日(土)にはRegaをゲストに4回目となるライブを大阪のLIVE SPACE CONPASSで実施。現在までにシングル2枚、ミニアルバム1枚、フルアルバム2枚をリリースし、年内に3枚目となるフルアルバムをリリース予定。

    https://www.paranoidvoid.com
    https://www.paranoidvoid.com/20250802

    • 写真:小松原英介

    • 文:上條昌宏

    • メイク:後藤勇也(OSAJI)

    • 撮影場所:CHIKAMATSU

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