
2025-04-03
Vol.15
ウェルネスプロデューサー、NPO法人日本ホリスティックビューティ協会代表理事、サステナブルコスメアワード審査員長
岸 紅子 氏
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美容とは何か?
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心、体、姿を包括的に捉える
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コンプレックスとの向き合い方
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好き嫌いは遺伝しない
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幸せを分配する
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社会をヘルシーにするために
多忙でさまざまなストレスがかかる現代社会を背景に、健康のためには身体だけでなく心のケアも大切だとする考え方が広がっている。「心、体、姿はつながっている」という価値観を広く伝えるため、2006年にNPO法人日本ホリスティックビューティ協会を設立した岸 紅子(きし・べにこ)さんは、自らの体験を踏まえ、「美しさとは高いレベルの健康」だと言う。
多くの人々が関心を寄せる「美しさ」の矛先は今、自らの身体だけでなく、地球環境や経済を支える消費行動などにも向けられている。互いに「美容の意味を探り続けている」と話す岸さんとOSAJIブランドファウンダーの茂田正和。そんなふたりが、地球の恵みに感謝し、還元するという美しい循環を美容の世界に定着させるためのアイデアや課題などについて語り合った。

自分のあり方を自分で選択できれば、それはきっと心身の健康にもつながる(茂田)
——「理想論」でお迎えするゲストは岸さんで15人目です。
岸 紅子:光栄です。
——美容というある意味で同じ業界の方をゲストに迎えた理由を茂田さんに伺いたいと思います。
茂田正和:岸さんとお会いするのは今日で3回目です。最初に会ったのは……。
岸:「いいにごり酢の日」制定記念パーティーでしたね。
茂田:僕が出した「食べる美容」というレシピ本を見たにごり酢のPR担当の方から声がけいただき会に参加したら、たまたま岸さんもそこにいらしていて、同じテーブルに座ったのがきっかけでした。その後、一度僕らのオフィスにお越しいただき、仕事の話はそっちのけで雑談話に終始したのが2回目だったと思います。
そこでいろんな話をするなかで、「これだけ自由にものが選べる時代なのだから、女性がもっと自分のあり方を自ら選べるようになったらいいよね」という話題になったのを覚えています。ちょうど僕のなかでも、自分がどうありたいかを自ら選択できるようになるための所作や美意識、社会環境をつくり上げていくことが良き美容文化をつくることなんじゃないかという思いが芽生えていた時期でした。今回改めて岸さんと話すことで、僕自身がずっと探し求めてきた「美容とは何か?」という答えに一歩近づけるのではないかと考えました。
岸:ありがとうございます。

茂田:もうひとつは、岸さんが中心となって手がけている「サステナブルコスメアワード」に絡んだ話です。環境問題はサステナブルを意識したものづくりや消費の仕方も含めてすごく難しいテーマです。白か黒か、0か100かで簡単に答えられるものではない。しかも、何から取り組むべきかと問われても明確に答えられる日本人が少ないのも事実です。
先日、15年ぐらい前に事業について書いた書類を見る機会がありました。そこに「ものづくりを行うことによる社会的価値と環境負荷の問題をきちんと見極めていく」という文言があった。今で言うミッション・ビジョン・バリューのようなものを、当時そんな言葉で表現していたんです。でも、多くの社員を養うために会社をスケール化させていくなかで、ものをたくさんつくって売れることが諸手を挙げて喜べる時代ではなくなってしまった。過剰包装が悪者のように言われますが、それをやめると売れなくなるのも事実です。そういう意味で美容業界のビジネスはエゴイスティックな側面が強いんです。そのなかで環境に配慮しようとすると話がすごく複雑になります。サステナブルコスメアワードを手がける岸さんの目にそのような状況がどう映っているのかについても伺いたいと思っています。
——「美容とは何か」と「ものづくりを通じた社会的価値と環境価値の両立」という大きなテーマがふたつ出ました。これらは茂田さんに限らず美容業界に携わる人たちにとって喫緊の課題かもしれません。
岸:確かにそうです。限られたリソースをどう生かすか。豊かで利便性があり、同時に自然を壊さない良心的なものづくりやもの選びが求められる流れは止まらないでしょう。そこから少しずつ自然を豊かに戻していく方向にどう舵を切れるか。国連がSDGsの目標として定めた2030年までにそれが実現できるよう市場全体が動いています。もちろん本当に実現できるかはわかりません。でも、誰かが声に出し、何かを始めないとそこには到達できない。一歩ずつでも行動し、大量生産、大量消費、大量廃棄という資本主義が生んだ3点セットを循環する輪に戻していくために、経営者が知恵を絞っていかないといけない時期に来ていることは間違いありません。

最高の健康を求める行為は、自分だけでなく地球環境の健康や自然の再生にもつながっていく(岸)
——そもそも岸さんが美容の世界に足を踏み入れるきっかけは何だったのでしょうか?
岸:「MORE」という集英社の雑誌の読者モデルを学生時代に始めたのがきっかけでした。モデルをするかたわら、ビューティ関連の記事を書く仕事にも関わらせてもらい、徐々にそっちのほうが楽しくなっていきました。そうこうしているうちに、記事を書く仕事でそこそこ稼げるようになっていたので、就職活動をせずに自分で美容関連のマーケティング会社を立ち上げたんです。ちょうど起業するタイミングで集英社が新たな美容関連の雑誌を創刊することになり、コンセプトづくりや編集の仕事を手がけるようになりました。時には自ら被写体になって誌面に出たり、表紙を飾ったりして、超イケイケという感じでした。でも、そこで身体を壊してしまうんです。それが人生のターニングポイントになりました。
——オーバーワークだったのでしょうか?
岸:まさにそうです。そこから心身の健康を見直す考えに傾斜し、それをきっかけに2006年にNPO法人の日本ホリスティックビューティ協会を立ち上げました。

——その協会は主にどのような活動を?
岸:セルフケアの啓発で、「心、体、姿はつながっている」というホリスティックビューティの価値観を知ってもらうことをミッションにしています。設立当時は女性が仕事で身体を壊すと、「根性が足りていないんじゃないか?」みたいに言われて。生理痛で具合が悪そうにしていても誰も気に留めないみたいな風潮がありました。社会はむしろ男女雇用機会均等法のほうに関心が向いていて。団塊ジュニアと呼ばれる世代が頑張って社会に出たにもかかわらず、結果バタバタ倒れるような状況が蔓延していて、私もそのひとりでした。
でも、身体を壊した原因をたどっていくと、日頃の食べ物や自らが置かれている環境が影響していたことに気づいたんです。「あっ、私コンビニ弁当ばかり食べていた」とか、「ずっと店屋物で食事をすませていた」みたいな。そういうことが結果的に身体の冷えやさまざまな不調の原因となっていたんです。食べたものでできている身体だからこそ、きちんとした食事をとらないと回復しないことも含め、倒れたことでいろいろと勉強させられました。と同時に、自分がそこで学んだ知識を体系化し、多くの人に知ってもらう必要があると感じたんです。
社会に出るときに身体のことを把握し、メンテナンスや養生の仕方を知っているだけでずいぶんと対策がとれるはずです。しかもケミカルではなく、ナチュラルなかたちで。私は一度転んだ身としてそういうことを後輩たちに伝えたいと思い、この協会を立ち上げました。

——身体を正常な状態に保つことがいちばん美しいという考えが根底にあるわけですね。
岸:美しさというのは高いレベルの健康というのがホリスティックビューティ協会のスローガンです。そして、それを追求していくことが実は社会貢献につながることも知ってほしい。それが、美容って何だろう?という茂田さんの問いへの私の答えです。美しさは健康のうえにしか成り立たない。最高の健康を求める行為は、自分だけでなく地球環境の健康や自然の再生にもつながっていく。だから、私たちが健康であり続けることは社会にとって良いことなのです。
——美容と社会の関係を探っていくと、他にもいろいろな答えがありそうですね。
岸:ある人にとっては自己表現の手段だったりするのかもしれない。いろいろな答えがあっていいと思います。
——自分にとっての美容の意味や価値を自らの意志で選択できることが重要なのかもしれないですね。一方で美容の世界はマーケティングの力がひじょうに強く、SNSなどを通じて消費行動を誘導するような動きも目立ちます。
岸:そうですね、行き過ぎた広告もあるので警戒が必要です。とはいえ、環境に負荷がかかるからとファッション性や可愛さを求めることを全面的に否定するのも私は違うかな、と思っています。美容は彩りであり、多様な人間性を表現するツールでもある。そこは生きる喜びを謳歌する部分として美容が失ってはいけない点だと思っています。
逆も然りです。美容上シミやシワの原因になるから「紫外線はダメ!」と言うけれど、紫外線がなかったら人は健康に生きていけないんです。あらゆることに言えますが、要はどういうふうに事物を捉えて使うかが大事。何でもやりすぎはダメです。同時にやらないことが唯一の正義ともいえません。両者のはざまで自分が何をどう選択するか、ですよね。
そのときに、大袈裟ですけど自分の考えや哲学、死生感がすごく大事になってくる気がします。
茂田:選択肢にもグラデーションがあり、それを自らが選べることが大事なのでしょうね。
岸:0か100と言っている人を私は信用していません(笑)。虫も殺さないみたいな。でも、土を踏んだら微生物はたくさん死ぬし、何も食べないで生きられるわけじゃない。みんなのおかげで成り立っていて、そういう循環のなかで私たちは生きていられるんです。循環は決して0か100を求めているわけじゃないんです。

事実はひとつしかないけれども見え方は無限。そのことに気づければ、心の持ちようも違ってくる(岸)
茂田:2010年ぐらいからメーカーが直販するD2Cビジネスが徐々に増えはじめ、コンプレックスをあおるような商法が美容の世界でも横行するようになりました。そういう状況を岸さんはどう見ていましたか?
岸:赤子の手をひねるみたいに大人が子どもを食い物にしている感じで、悲しいと同時にすごくダサいなと思って見ていました。だからこそ、もの選びの主体を自分たちの側に引き戻さないといけないと強く感じています。SNSなどで流布される他人の煌びやかな一瞬を見て、「私もあんなふうになりたい」と思って商品に手を出す人は少なくない。美容の世界はそれが特に顕著です。もちろん、誰しもが少しでもきれいになりたい、可愛くなりたいと思うのは当然で、その権利は捨てる必要はありません。ただ、そのときに人からどう見られるかだけが目的だと結局は凡庸になってしまう。
茂田:コンプレックスは誰しもが何かしら抱えているものです。そう考えると、大事なのはコンプレックスとの向き合い方でしょう。強烈なコンプレックスを抱えている人に対峙の仕方をアドバイスするとしたらどんな言葉をかけられますか? これは自分のなかでも永遠の課題です。

岸:コンプレックスは幼少期に他者から受けたトラウマとつながっているケースがほとんどです。心理学を学ぶとそれがよくわかります。例えば、小さい頃に背が高いことをいじられて嫌な思いをした人は大人になってもその思いを引きずり悩んでいたりします。それを克服するためにはまず、自分が悩むようになった原因を探っていくのがいいでしょう。そこで原因がつかめたら今度は別の捉え方をしてみてほしい。バスケットボール選手になる自分をイメージできたら背が高いことはかえってメリットです。一重がコンプレックスな人は、オリエンタルな雰囲気の女性をイメージしてほしい。きっと、「そのほうが素敵だよ」と言ってくれる人が現れるはずです。心理学用語でインナーチャイルドと言いますが、そうやって心の傷を負った幼少期の自分に対して、「嫌だったよね、わかるよその気持ち」と大人の自分が言ってあげることで気持ちや感情を癒す効果があります。
事実はひとつしかないけれども見え方は無限。そのことに気づければ、心の持ちようも違ってくるはずです。大人になるにつれて人の数だけ視点の違いがあることがわかるんです。それがきっと人を成長させるのだと思っています。

自分の歴史を振り返ることで父親や学校の先生から強い影響を受けていたり、憧れの存在だった友だちによって人格が形成されていたりすることに気づかされる(茂田)
茂田:話が少し脱線しますが、この前フランス人の食育プロフェッサーであるジャック・ピュイゼという人が書いた子どもの味覚に関する本を読んだんです。そのなかで「食べものの好き嫌いは遺伝しない」ということが書かれていてハッとさせられました。うちは父親がニンジン嫌いだったので、僕自身も長い間毛嫌いしていました。そういうものが意外と多いんです。親と同じものを子どもが嫌いになるのは、幼少期においしくないものとして食べさせられたことが原因で、要は印象操作なんです。親の嫌いなものが食卓に出された段階で「頑張って食べなさい」と食べさせられる。そうやって徐々に洗脳され、親と同じ嗜好になっていくんです。
この歳になって僕は父親から受けた洗脳がさまざまなことに影響していると感じています。ものに対する美意識や仕事に対する姿勢もそうです。「寿司屋へ行ったら光り物を食え、トロを頼むなんて邪道だ」というのも父親から譲り受けた考えです。でも、いざトロを食べてみると普通に美味しい。今はどうしたら父親の洗脳から抜け出せるか、自分自身に「お前はどっちが好きなのか?」と問いながら考えています。
岸:きっと素直で良い子だったのでしょうね。
茂田:そうなんです(笑)。
——岸さんも母親からの影響というのは残っていますか?
岸:ポジティブな意味で、あります。母は過干渉な親に育てられた苦しみがあったので、その反面教師として私には極力干渉をしないでいてくれました。愛情と信頼を基盤に接してくれたことは、自分の軸を自分でつくる作業を可能にします。なので今でも感謝しています。でも、なかには大人になって生きづらさを感じていることの要因が、親子関係にあった、というケースは少なくありません。

茂田:両親の威厳が強すぎて親に相談することが許されない家庭で育った子は大人になってもぜったいに人に相談しないですよね。そういう子は仕事においてえてして報連相が苦手だったりする。「そこは相談しようよ」といくら言ってもなかなか態度が変わりません。
スタッフと一緒に食事をするときに、僕は家庭環境の話題をできるだけ振るようにしています。まずは自分の身の上話をし、その後に「君たちはどうだったの?」と尋ねるんです。カウンセリングや心理学のノウハウはゼロですが、話を聞くなかでおかしな点があれば「それは変だよ」ときちんと言ってあげるようにしています。僕自身、ノーマルでないところがたくさんあるので、互いに指摘し合うことで共感が芽生え、最低でも自分にだけには報告や相談が来るようになってほしいと思っています。
——前回の対談で、最近茂田さんは自分のなかで自分史を書くことを意識的に始めていると話されていましたが、そこで過去の自分を問い直す機会がけっこうあったりするのではないでしょうか?
茂田:ありますね。それは本当にいい時間で、自分の歴史を振り返ることで父親や学校の先生から強い影響を受けていたり、憧れの存在だった友だちによって人格が形成されていたりすることに気づかされます。
岸:究極のヒーリング作業ですね。

過剰消費を抑制しながらそのものの価値と単価を上げていくことで、世界全体が健康になっていくストーリーを描かないといけない(岸)
——岸さんが審査委員長として携わるサステナブルコスメアワードについても伺っていいでしょうか?
岸:このアワードは2030年で終了することを宣言しています。16年から環境省のアンバサダーをしているなかで、消費財の環境アワードを立ち上げようとスタートしました。環境省の元事務次官である中井徳太郎さんをはじめ環境政策に関わる方からオーガニックコスメの専門家、メディア、小売、人権認証団体、さらには環境に関心ある学生までをワーキングチームとして組織し、運営しています。
学生を審査員に迎えているのは若い世代が環境活動に熱心だという理由だけではありません。今の環境問題のつけは結果的に彼ら世代が払うことになります。煽りを受けるのも彼らであり、同時にこの問題の当事者でもある彼らが製品をどう評価するかが大切だと思ったからです。上は70代から下は18歳の高校生まで審査員の年齢はひじょうに幅広いのですが、そうやって世代を超えてみんなで議論を交わしながら、人と地球がもう少し融合できるような優しいコスメの世界をつくりたいというのが出発点です。
——審査はどのような点に着目して行われるのでしょうか?
岸:生産から廃棄までのプロセスをすべて見ていきます。そして、その間にできるだけ環境、人権、アニマルウェルフェアにおける不幸がないことを重視しています。もちろん、ものづくりはそんなに甘いものではないので、環境負荷がゼロということはあり得ない。でも、できるだけそうしたことに配慮しているかどうか、オフセットを行なっているかなども含め、90項目近い質問をエントリーシートで尋ねています。
そうしたなかから製品をただポンと置くだけでは伝わりにくい、裏の努力というものが初めて露わになることも多く、私たちとしてはそうした隠れた環境配慮に対する創意工夫をできるだけすくい上げ、世の中に伝えていきたい。そういうストーリーのなかにも美しさという要素はあって、表彰することで心あるものづくりを応援したいと考えています。

——最近はメーカーも生産背景をきちんとアピールするようになってきている印象を受けます。
岸:昔はどちらかと言うと希少性をアピールすることが多かった。大量の原料からこれだけしか採れない貴重な成分を使ってできていますといった主張です。でも昨今は、廃棄されてしまう規格外の野菜や果物であったり、里山環境の悪化の原因とされる竹を伐採し、そこから生体水や乳酸菌を採取したりしてつくりましたといったような、循環型社会を意識したアピールに変わりつつあります。
製品を使えば使うほど自然環境が再生されていけば、生物多様性に寄与できるし、農家の人たちにとっても恩恵が広がります。少し前とは矛先がかなり変わってきているのが携わっていて面白いところです。最初はオーガニック認証を取得することに重きを置いていたのが、徐々に変化し、今は「コストがかかるので私たちは認証を取っていません。だけれども自然環境が再生される循環型の取り組みを前提に製品をつくっています」という流れなどが増えていて。消費者のメリットだけではなく、原料がつくられる地域の環境や雇用、あるいは福祉施設などさまざまな関係を考慮し、ひとつの製品を通じて幸せを分配する利他的方向に向かいつつあることをとても頼もしく感じています。
茂田:これからの消費行動を考えたときに、どういう方向に進んでいきそうだと見ていますか? 正直に言って、そういうことをきちんと考えてつくればつくるほど、今までの金額で売るのが難しくなってきます。日本は生産者の責任はすごく問うけれど、消費者には責任をほとんど問わない国ですよね。

岸:確かにそういう傾向はあります。
茂田:小学5年生を対象に「社会参加」をテーマに授業をしたときに、僕は子どもたちに「放課後スーパーでお菓子を買うことも社会参加なんだよ」と話しました。「君たちが何を選ぶかで未来の環境は良くも悪くもなるし、貧困で困っている人が助かることだってある」と。そして、そんなことを想像してお菓子を選んだことがあるかどうか子どもたちに尋ねたんです。
SDGsネイティブである今の小学生は学校生活でさんざんSDGsの話を聞かされてきた世代です。だから、環境に良いとされるつくり方についてはかなり理解しています。一方で、ものの選び方については十分に授業で教えられていないんです。いくらSDGsや地球環境との調和の重要性を理解していても、消費行動に対する意識が低ければ世の中は何も変わらない。そんな現実を見させられた思いでした。
岸:結局、輪がつながっていないんです。最後のピースが欠けてしまっているみたいな。だからこそ、「買い物は投票である」ということを言い続ける必要があると思っています。どちらかを選択する際、そこに原料や製造方法などについての情報がきちんと用意されていて、なおかつものを選べる価値観が消費者側にもあることがひじょうに大事になってくるでしょう。
お金がないから安いものを選ぶことも、身体や健康に投資をしたいから高いものを選ぶこともどちらも間違っていない。でも、消費の選択がこのふたつに二極化しているのが問題です。さらに言えば、安いものを買ってすぐに捨てるという消費行動を促進する市場が経済を支えているという実態がある。このままではチキンレースになることはわかっていて、少しずつでも消費を減らしたり、メーカーも消費者もこういう実態を理解したりしたうえでものを選ぶ必要があります。そうでないと結果的に自分の首を絞めかねない。家の中がごちゃごちゃしている人は「安いから買う」という消費行動をとっているからで、そういう行動は肥満や身体の異常を引き起こす原因になります。多くの慢性疾患は、結局は働きすぎ(ストレス)と飲食の過剰摂取。すなわち「過ぎたること」が原因です。過剰消費を抑制しながらそのものの価値と単価を上げていくことで、世界全体が健康になっていくストーリーを描かないといけないと考えています。

生産者と消費者が協調しながら適正なプロダクト価格を探っていく必要がある(茂田)
——社会をヘルシーにする消費行動を促すうえで具体的なアイデアはありますか?
茂田:社会が良くなっていくための消費行動は確かに大事です。でも、そのための価格の適正がどこなのかが正直よくわからないんです。なので、僕らは今年1年かけてある実験をしようと考えています。(群馬の)みなかみ町の4反の畑にひまわりを作付してオイルを搾り、近隣で採取し蒸留したクロモジを混ぜてクロモジの香りが付いたヘアオイルをつくるという試みです。日本産原料100%のヘアオイルを自分たちでつくったら、いったいいくらになるのか。ある意味で社会実験だと思っていて、一連の様子をきちんと記録に残したいと思っています。
今、価格に対する感覚がすごく麻痺していると思うんです。1個3万円のドライヤーをみんな高いと言い、一方4,000円で買えてしまうことを当たり前に思っている。市場には10万円近いドライヤーだってありますよね。その価格が正しいとは言わないけれども、適正価格がいくらなのかをきちんと議論する必要はあるでしょう。
一方で従来通りのコスト設計ではやっていけないという現実もあって。僕らのようなメーカーは、果たして原料の製造元からいくらで原料を買うのが適正なのか、そこから議論を始めていかなければいけなと思っています。異常に安い価格で売られているものは、原料メーカーやその先のサプライチェーンを買い叩いて、安く仕入れているのかもしれない。だから安価で売ることができる。そういうところまで自分たちでしっかりサーベランスして(調べて)、こんな安い値段で買えるのはおかしいと思ったら購入しないという判断をし、生産者と消費者が協調しながら適正なプロダクト価格を探っていく必要があるんじゃないでしょうか。
岸:すごく紳士的な行動だと思います。本来私たちは自然界からもらった恵みをいただいて命をつないでいます。でも、自分たちのリソースが自然界にあるにもかかわらず、そうした根っこの部分に対してあまりにも無知です。同じように、製品については知っているけれどもそれがどうやってつくられ自分たちの手元に届いているかまで把握している人は少ない。OSAJIが原料の種まきから始めて、製品にするためのコストを示し、だからこの価格にせざるをえなかったというところまでつまびらかにするというのは業界が変わるすごくいい機会になると思います。きっと、今まで自分が購入していた製品の価格はいったい何だったのだろうと感じたり、安価な価格の裏でさまざまな搾取が行われ、誰かの不幸につながっていた可能性に気づいたりする人もいるかもしれない。きっとそういうことを考えるきっかけにもなるのではないでしょうか。
——製品ができた暁には、サステナブルコスメアワードのGOLD賞候補になるかもしれないですね。
岸:ぜひ、応募してください。
茂田:来年エントリーできるように頑張ります(笑)。

Profile
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岸 紅子
1974年東京都生まれ。慶應義塾大学在学中に女性ファッション誌のモデルとして活動を始める。そのかたわら、化粧品ブランドの立ち上げや美容サイトの運営などにも参画する。大学卒業後、美容マーケティングの会社を起業。美容雑誌の立ち上げにも関わり、表紙を飾る。20代後半で体調を崩し、療養生活を余儀なくされたことをきっかけに、自らの生活を見直すとともに、自然治癒力の大切さを実感。それを機に2006年にNPO法人日本ホリスティックビューティ協会(HBA)を設立。美容や健康、医療関係者とともに女性の心と身体のセルフケアの普及に努め、資格検定や人材育成などを行う。また、自らも自然治癒力や免疫力を引き出すためのウェルネス講座を幅広く実施している。16年から環境省つなげよう、支えよう森里川海プロジェクトに参画。環境アクティビストとして、ライフスタイルを通じた人にも地球にも優しい循環アクションを数多く提言している。20年よりサステナブルコスメアワード審査員長を務める。パーマカルチャーデザイナー、発酵食スペシャリスト、味噌ソムリエの一面も持つ。
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茂田正和
音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年にはOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、22年にはOSAJI、kako、レストラン「enso」による複合ショップ(神奈川・鎌倉)をプロデュース。23年、日東電化工業の技術を活かした器ブランド「HEGE」を仕掛ける。同年10月、株式会社OSAJI 代表取締役CEOに就任。著書に『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)があり、美容の原点である食にフォーカスした料理教室やフードイベントなども開催。24年11月にはF.I.B JOURNALとのコラボレーションアルバム「現象 hyphenated」をリリースするなど、活動の幅をひろげている。
Information
NPO法人日本ホリスティックビューティ協会
美容を単純に外見的なものに止めるのでなく、精神面や健康まで含めてホリスティック(包括的)に捉えようという考えのもと岸さんが発起人となり2006年に設立。美容と心身の健康を同時に考える「ホリスティックビューティ」の概念とセルフケアの知識を広く知ってもらうための各種情報発信やウェルネスセミナー・イベントの開催などを行っている。2010年からは美と健康の知識検定「ホリスティックビューティ検定」を発足。美容や健康情報を取捨選択する際の指針を得られることもあり、一般生活のみならず美容業界に関わる人たちからも高い関心が寄せられている。
https://h-beauty.info/
サステナブルコスメアワード
環境省「つなげよう支えよう森里川海プロジェクト」のアンバサダー有志が発起人となり、SDGs視点で化粧品及びファイントイレタリー分野を評価する国内初のアワードとして2019年に発足。原料生産から製造、販売、流通、消費、廃棄といった一連のプロセスを審査し表彰することで、「人にも、地球にもやさしいコスメ」のサスティナビリティを推進している。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指すSDGsの国際目標に合わせて、同アワードは2030年に終了することを宣言している。
https://sustainableaward.jp/
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写真:小松原英介
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文:上條昌宏
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