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茂田正和

レコーディングエンジニアとして音楽業界での仕事を経験後、2001年より母親の肌トラブルをきっかけに化粧品開発者の道へ。皮膚科学研究者であった叔父に師事し、2004年から曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業のヘルスケア事業として化粧品ブランドを手がける。肌へのやさしさを重視した化粧品づくりを進める中、心身を良い状態に導くには五感からのアプローチが重要と実感。2017年、皮膚科学に基づいた健やかなライフスタイルをデザインするブランド『OSAJI』を創立、現在もブランドディレクターを務める。近年は肌の健康にとって重要な栄養学の啓蒙にも力を入れており、食の指南も組み入れた著書『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)を刊行。2021年、OSAJIとして手がけたホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)が好評を博し、2022年に香りや食を通じて心身の調律を目指す、OSAJI、kako、レストラン『enso』による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。2023年は、日東電化工業のクラフトマンシップを注いだテーブルウェアブランド『HEGE』を仕掛ける。つねにクリエイティブとエコノミーの両立を目指し、「会社は、寺子屋のようなもの」を座右の銘に社員の個性や関わる人のヒューマニティを重視して美容/食/暮らし/工芸へとビジネスを展開。文化創造としてのエモーショナルかつエデュケーショナルな仕事づくり、コンシューマーへのサービスデザインに情熱を注いでいる。

理想論とは 理想論とは

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    2024-10-31

    Vol.11

    FUNDINNO シニアマネージャー
    辻下寛人 氏

    • ファイナンスの本質とは?
    • 人と違ってもやる
    • 「空気を読む」力と直感力
    • なぜ、会社や組織はアンコントローラブルなのか
    • 利己があって利他がある

    短期で大きな利益を得ようとする投機的な行為が株式取引の本来の姿なのか? 富の偏在を助長するこうした行為には、社会の分断を生み、多くの人々の幸福を奪いかねないリスクが潜む。そんな危機を日本のファイナンスは乗り超えることができるのか。
    未上場ベンチャーへの投資を通じ、株主として企業を応援できる日本初の株式投資型クラウドファンディングを手がけるほか、J-shipsという新制度を活用して未上場企業の資金調達を支援するFUNDINNO(ファンディーノ)の辻下寛人さんは、本質的な課題と向き合い、多くの人を巻き込み、共感を得ることで、社会や人々の幸福につながるファイナンスが実現できると主張する。
    既得権に阻まれなかなか改革が進まないとされる金融や人材業界の分野でさまざまな改革を手がけ、「民間でも世の中を変え得ることができる」ことを実感するそんな辻下さんをゲストに、日本のファイナンスの課題からスタートアップに対するファイナンスの可能性、さらに日本の社会が幸福度を高めていくために必要なことなどについて語り合った。

    なんで日本人はお金の問題について誰も触れたがらないのか、それがずっと疑問だった(茂田)

    茂田正和:「理想論」ではこれまで文化やアート、マーケティング、直近だと建築と、個性豊かな視点で活動している人たちを招いて話をしてきました。そこにあえて共通のテーマを見出すとしたら、「幸せってなんだろう」ということだと考えていて。何のために理想を語り合うかといえば、やっぱり人や社会が「幸福」であるためなんです。
     日本の社会が幸福度を高めていくために必要なものはさまざまですが、なかでもファイナンスはひじょうに重要だと思っています。僕自身、新規事業を立ち上げたり、家業に関わりながらそこで業態変化などを行う経験を通して痛感したのは、この国は資金が必要なときに調達ができないということでした。じゃあ、なぜできないのか。一言で言えば、ファイナンスの人たちがリスクを冒そうとしないからだと思っています。物事に対するきちんとした審美眼を持っている人が少ないので、何がリスクなのか見極めができない。加えて、そういう人たちが出資の可否の決裁権を持っていることも大きな問題でしょう。 

    ——なかなか根深い問題ですね。

    茂田:ファイナンスにおけるもうひとつの問題は、投資から回収までのスパンの短さです。回収スパンの短さがこの国の幸福度を下げる原動力になっているとすら思います。別の言い方をすると、自分の孫やひ孫の代まで幸せが続くようにと思って投資をしている人があまりにも少ないということです。 
     もちろん生きていくための最低限のお金は必要だし、それを投げ打ってまで長期視点の投資をするべきだとは言いませんが、日々の生活のための投資と孫やひ孫が幸せに暮らせるための投資というふたつを同時並行で行う必要があるんじゃないか。それをすることが社会の豊かさや、強いては幸福を実感できる人を増やすことにつながっていくと思っています。
     辻下さんは人材紹介業や金融業のキャリアを通じ、人を介してお金というものを見てきたし、ものすごい情熱で硬直した日本の仕組みに風穴を空けてきた。そんな人が、ファイナンスの世界も含めて、人が幸せで豊かに暮らすためにどう変わっていくべきだと考えているのか、率直に意見を聞いてみたいと思っています。

    辻下寛人:私は大学時代、アイセック(AIESEC)という学生団体によるNPO法人に所属していて、そこでの経験を通じて行動を起こす際に「なぜやるのか」ということがすごく大事であることを学びました。大学を出て最初に入社したのは証券会社でしたが、そこでも「なぜやるのか」を常に意識しながら仕事と向き合ってきました。当時は間接金融から直接金融へという大きな変革の流れがあり、そういう変化を捉えたサービスをいろいろと考えていましたが、あれから20年ぐらいが経ったにもかかわらず、日本は大きくは変わっていない。その状況に対して悶々とする思いがあります。 
     29歳のときに人材市場の課題に向き合っているビズリーチに転職して気づいたのは、社会を変えるためには小手先の対応ではだめで、業界構造上の問題を解消しないかぎり何も変わらないということでした。多くのスタートアップはまず、社会課題を解決し、それで世の中に貢献して、売上を上げることを考えますが、それは果たして本質的なんでしょうか? 売上を上げることよりもむしろ、社会課題が解消されることで人々の生活がどう変わるのか、今よりも幸福度が増すのか、そういうことを考えるほうがよほど大切だと思っています。

    ——とはいえ、多くの会社は自社の売上や利益をいかに伸ばすかに関心が向きがちですし、それに貢献した人たちが評価される風潮はいまだに強いですよね。

    辻下:確かにそうかもしれません。ビズリーチにいたときに周りの知り合いが次々と独立していくのを目にしました。彼らの資金調達に同行すると、ベンチャーキャピタルや投資家から聞かれるのは、仕事の中身ではなく、「その事業はどのくらい大きくなるの?」「成長スピードはどのくらいを想定しているの?」といった話ばかりで愕然としたんです。
     その後、今のFUNDINNO(ファンディーノ)という会社と出会うんですが、入社してわかったのは、金融業界も古い法律に縛られた構造上の問題がたくさんあるということでした。銀行、証券会社、保険会社は、仕事の中身は違えどお金を増やす目的で事業を行っている点は同じで、業界全体ができるだけ早く、大きく増えるところに資金が集中する構造になっています。集めて、増やして、還元することとはまったく反対の仕事をしていたら、即刻「出て行け!」と言われるでしょう。まさにそこにこそ大きな問題があると気づけたのは、FUNDINNOとの出会いが大きかったですね。 
     FUNDINNOは自分のところに集まったお金を投資して増やすことを生業にしているわけではありません。手がけているのは、流通されていないものを流通させるためにどうするか、その仕組みづくりです。例えば未上場株を買ったり、管理したり、売ったりできるようにする。それが普通にできるようになるとお金の流動性が高まるだけでなく、投資に興味を持つ人が増えることにもつながっていきます。

    ——「貯蓄から投資へ」という政府が掲げる経済政策ともリンクしてくるわけですね。

    辻下:今は法律上の規制でできませんが、人生で最初の投資は自分が住む地域の会社や自分がファンの会社の株が買えたら面白いと思っています。未上場株にしても、株を取得した会社が上場するか、会社を売却しないかぎり今は現金化できませんが、途中で売買できる「セカンダリー(二次流通)」と呼ばれる市場があればさらに投資がしやすくなる。FUNDINNOがそういうことを実現しようとしているのは、投資家の利便性を高めたいという理由はもちろんですが、同時に上場や会社を売却することがそもそも目指すゴールではないと考えるからです。経営者の方から資金調達の相談を受ける際によく、「イグジット(投資回収)のゴールを何にしますか?」と聞くんです。会社を経営するなかで多額のお金が必要だから上場して資金を調達する、あるいはこの会社と組んだほうがさらに事業成長が見込めるからM&A(企業合併や買収)で傘下に加わるみたいなことがありますが、いずれも結果論であって、最初からそこを目指すことには違和感があります。

    茂田:アメリカだから良いと言うつもりはないですが、海外のファイナンスの仕組みを見ていると、日本のリテラシーの低さを痛感させられます。なんで日本人はお金の問題について誰も触れたがらないのか、それがずっと疑問でした。

    辻下:金融制度の違い云々の話もあるでしょうが、それよりも私は、経営者や投資家が活躍しにくい環境にこそ問題があると思っています。アメリカ人は決してボランティアで投資をしているわけではなく、自分たちの資産は自分たちで守るという思いで投資をしていて、それは未上場株についても同じです。未上場株が年間売買される規模はアメリカが30兆円以上に対し、日本は8,000億円ぐらいで大きな差がある。この差はアメリカ人が日本人以上に未上場企業を応援したいと思っているからではなく、売買できる市場があるかないかの差なのだと思います。 
     このような問題を生じさせているいちばんの要因のひとつは法律です。「法律がおかしい!」と声を上げるのは簡単ですが、それだけでは変わらない。どうしたら国が法律を変更しやすくできるのか。専門の知識を持った人たちがあるべき姿を提言としてまとめ、さらに時間をかけて実績を積み上げ、「この人たちが言っていることはその通りだ」と国が思えるような環境を整えることが大事でしょう。それができたら国は法律を改正してくれる。どうやって改正すべきかを経済側からもきちんと国に進言し、やってきた結果をフィードバックしたら必ず変わります。これは金融業界に限らず、以前に働いていた人材業界でも痛感したことです。

    本質的な課題に向き合い、多くの人を巻き込むことができれば世の中は変えられる(辻下)

    茂田:民間企業であっても政治を動かし、社会構造を変えることができるという話を聞いて少し希望が湧きました。ビズリーチもFUNDINNOも、まずは現状の制度や仕組みに対する問題意識があり、そこを変えないと日本は世界から取り残されてしまうという本質的な課題と向き合うなかで、新たな事業やサービスが立ち上がっているわけですね。

    辻下:大半の人は選挙に行って投票しても社会を変えることなんてできないと思っているでしょうから、仕事を介して変化を実感できた自分はラッキーです。でも、本質的な課題に向き合い、多くの人を巻き込むことができれば世の中は変えられるんです。

    ——未上場株の流動性が高まることで投資への関心を持つ人が増えたり、企業にとっては資金調達の選択肢が増えるというメリットの話を伺いましたが、デメリットはありませんか?

    辻下:誰も彼もがファイナンスしやすくなればいいとは決して思っていません。スタートアップが簡単に資金調達できてしまうプラットフォームがあったとしたら、それは成長が難しい企業を増やすだけで意味がない。成長しない企業が上場し続けるのは市場にとってかえってマイナスです。

    茂田:ミュージシャンで行政書士をしている武田信幸さんをゲストに招いたときに、武田さんがまさに同じようなことを言っていました。配信の自由度が上がったことで、まじめに音楽をつくっていない楽曲まで配信されてしまうのは雑草を増やすだけで困りものだと。
     金融の流動性にしても、本来はシンプルに弱肉強食の原理のなかで自然淘汰があってしかるべきなのに、自然淘汰すらされないというのは、生態系としてひじょうに危機的な状況です。僕は理想論を始めるまではみんなが平等であることが幸せだと思っていましたが、実際はそんなにバランスのいい話ではないというのをこの1年で痛感しました。 
     株式市場ついてはもっと自然淘汰されるべきという議論と同時に、経営者が経営者たる視点をきちんと持つべきという課題もあると思っています。端的な例が、ビジネスコンサルティング(ビジコン)への依存度の高さです。資金調達を行う際も、ビジコンがつくる事業計画書を経営者がノールックで金融機関に渡したりする光景をよく見ます。

    辻下:大事なのは何を、どういう理由でアウトソースするかでしょう。

    茂田:アウトソースの取り組みにおいては、単なる丸投げではなく、自分たちのリテラシーが高まっていくという考えをしないと本当に飲み込まれるだけで危険です。

    辻下:企業採用を見ると、すべてを自分たちで探すのではなく、キャリア採用はアウトソースで行うという歴史が長くありました。なぜなら、そっちのほうが採用する企業は楽だからです。新卒に関しては自分たちで全国の大学を行脚し、説明会を開いて、興味のない学生に「一度、遊びにおいでよ」ということを長年やっているのに、キャリア採用になったとたん自分たちで人を採りにいかない。でも、今そこが変わってきています。お金に余裕があるとか、営業されたからではなく、アウトソースをするにしてもそこに明確な理由や目的があってしかるべきでしょう。

    茂田:この前、ぐんま未来イノベーションLABという組織が主催するセミナーに講師として呼ばれたんです。新規ビジネスの創出や異業種参入がテーマだったことで声がかかったのですが、僕がそこでいちばん伝えたかったのは、イノベーションを起こそうと思ったときに人と違ったことをやらないといけないと勘違いしている経営者があまりに多いということでした。これは学校教育にも言えることで、かつては子どもたちを均質に扱い、等しく学習能力を授ける仕組みだったのが、今は人と違うことをやることが学校でも家庭でも奨励されています。そういうことが、新規ビジネスやイノベーション創出に対する考えにもつながっていると思うんです。でも、それは違うと考えていて、「大事なのは、人と違うことをやるのではなく、人と違ってもやることなんです」と話しました。 
     ビズリーチやFUNDINNOも、他社と違うことをやろうと思って創業したわけではないですよね。社会を見渡して、こういうサービスは必ず必要だと考え、他がやらなくても自分たちはやるという強い意志のもとでスタートしている。「社会のために、世の中のためにという強いエネルギーがありますか? そのエネルギーは人と違ったとしても切れることはないですか? それならやりましょう」。僕がやってきたのはそんなシンプルなことで、それでしか成功はあり得ないという話をしたら、すごく共感をしてもらえました。

    金銭面と幸福度のバランスがきちんととれている人は、やっぱり直感力を大切にしている(茂田)

    辻下:今日は対談のテーマが幸福論なので少し触れたいのですが、人材業界で営業をしていたときに私がよく考えていたのは、電話の回数をいかに減らせるかでした。なぜなら、「営業は基本的に不快なものである」という認識があったからです。電話をして、出た方に、「誰々さんに伝言を残してほしい」とか、「来週の同じ時間に再度電話をするので、そのときに返事をほしい」といったことをしていたのですが、本当は正しい人に正しいメッセージを伝えるべきなんです。そうして断られたほうが提案のしがいもありますし、その提案が相手の心に刺さることだって十分考えられる。正しくないことをいくらたくさんやっても、それは互いを不幸にするだけです。私が営業チームに言ったのは、「電話やメールをくれてありがとう」と相手から言われるような営業スタイルに仕事の内容を変えていこうということでした。本質的な取り組みができれば、互いにハッピーになれるし、幸福度も上がるんです。

    茂田:最近、「『空気』の研究」(山本七平著、文春文庫刊)という本を読み始めたんです。相手の雰囲気や気持ちを察して、状況に合わせた行動をとることを「空気を読む」と言いますが、それは日本人の素晴らしい能力です。欧米のコミュニケーションは、相手を理解する前に、まず自分を伝えようとします。もちろんそういうことが大事な局面もありますが、だからといって日本人も欧米のようにオープンコミュニケーションをしたほうがいいと言うのは正しくない。 
     営業でコンタクトした相手から、「ありがとう」と感謝の言葉をもらえるのは、きっと相手を理解し、相手がほしいタイミングで必要な情報を渡すことできたからであって、とりあえず情報さえ送っておけばいいみたいな考えでは決して言ってもらえない。ファイナンスにしても人材派遣や雇用の問題にしても、日本は欧米の周回遅れという指摘をしばしば受けますが、だからといってどんどん欧米寄りになるのは間違いで、北欧のようなミニマリズムでもなければ、東洋的に周囲に遠慮しすぎるのでもない、日本的な着地点というものがきっとあるはずです。そういう意味でも日本への期待値は高くて、こういう会話のなかから少しでもあるべき姿の輪郭を見出せたらと思っています。

    辻下:確かにファイナンスや雇用の分野はガラパゴス化しているとよく言われますよね。でも、かつての日本はそれで成り立ってきたし、そこである程度高い幸福感を得られたんです。世界を見渡したときに、先手先手で策を講じて変わってきた国は少なくて、たいていは破壊的な状況に直面して変わらざるを得なかったというのが実情です。日本もこの先50年を考えたときに、国民の誰ひとりとして現状のままでいいとは思っていないでしょうから、きっと変化が起こっていくでしょう。

    茂田:大きなパラダイムシフトが起きるときに重要となるのは直感力だと思っています。直感的に、本能的に物事をどう捉え、次のアクションにつなげていくか。投資だって同じでしょう。「四季報」に書かれたアナリストのコメントを読み、日々の株価の動きを学んだところで、やっぱり最後は自分にグッとくる銘柄かどうかが投資の決断を後押しする。転職活動も一緒で、この会社に入れば自分のキャリアはこうなると理詰めで考えている人がいい結果を得られたという話を僕はほとんど知りません。むしろ、直感的にこの人と働きたいと思って転職した人のほうが待遇面でいい結果を得られていることが多いし、幸福度も高い。金銭面と幸福度のバランスがきちんととれている人は、やっぱり直感力を大切にしていると思います。そういう人間の本能的な能力を研ぎ澄ませていくことが、これから先あらゆる局面で大事になってくるでしょう。

    辻下:ある投資家に、「いつも何を見て投資をされていますか?」と聞いたことがあります。その人は仕事で大量の事業計画書をつくっているので、「やっぱり事業計画書を見るのですか?」と尋ねたら、「いっさい見ない」と否定した。そして、「1,000社以上のクライアントを相手にしてきたけれど、99%計画通り事業がうまくいったためしがない」と言ったんです。重視するのは、事業計画よりも経営者の表情や、応対の仕方。あとは事業がうまくいかなかったときにどうやって方向転換をはかり危機を乗り超えたか。そういうことを投資の判断材料にしていると教えてくれました。一口に未上場株*と言っても、シードからアーリー、ミドル、レイターといろんな成長フェーズがあり、それぞれで投資判断の基準は異なりますが、会社が若ければ若いほど経験に基づく直感力みたいなものがものをいうと思っています。

    事業を成長させるために、経営者と株主が一緒になってやるべきことを考える。企業と株主の関係は本来そういうもの(辻下)

    茂田:経営はそもそもすごく「動的」なものだと思うんです。例えるのが難しいですが、「水」や「あんかけ」みたいなものという感覚が僕にはあります。

    辻下:その感覚はすごくわかります。先ほど、理詰めで考えると思うようなキャリアを築けないという話がありましたが、経営も同じで、マーケットや環境の変化にすごく左右されるので、思い描いた通りにいかない可能性のほうがむしろ高いんです。大事なのは、計画通りにいかなかったときにその状況をどう乗り超えるか。その際力を発揮するのが、この人と働きたいという想いや、「なぜやるのか」が明快であることだったりします。「想い」と「なぜ」が一致していると、いざというときに踏ん張りが効くし、続ける意欲も湧く。何より人から言われてやるよりも、自分がやりたいと思ってやる仕事のほうが得られる幸福度は高いし、パフォーマンスも上がります。

    茂田:計画通りにいかないことって、ダウンサイドだけでなく、アップサイドに振れる場合もありますよね。それぞれを見たときに計画外の要因が何かといえば、やっぱり「人」なんです。 
     会社は単独で意思を持って動いている人の集合体で、ひとりひとりの動きはまさに細胞(セル)のようなものです。セル単位ですべてをコントロールできれば計画通りに着地するのでしょうが、実際はなかなか難しい。スタッフがものすごく高いモチベーションで仕事に臨み、そのエネルギーがひとつの集合体となり、さらなる力を発揮したときには業績がアップダウンに振れますが、セルが固まって、変な結合をすると逆にダウンサイドに振れてしまう。会社や組織が固体であれば、崩れた部分を直して元の形に戻せますが、動的なものである以上、形が崩れた瞬間に違う形になってしまうので、直すことにほとんど意味がなくなってしまうんです。強いてできることといえば、少しでもいい形になるよう向きをちょっと変えてあげるぐらい。それぐらい会社や組織はアンコントローラブルなものです。

    辻下:結局は、ひとりひとりが自律して動いてもらわないといけないということですよね。

    茂田:人の身体だって、無数の細胞が寄せ集まってできていますが、すべての細胞をコントロールして動きを制御することは難しい。スポーツ選手が極限の集中状態に達したときに「ゾーンに入る」という表現をしますが、あれだって「ゾーンに入る」ための練習はしているだろうけども、そういう状態を起こそうと思ってできているわけではなく、偶発的な部分が大きいんです。それを頻繁に起こせるようになると大谷選手のような活躍ができる。  
     経営者も同じで、いかにして「ゾーンに入る」状態を起こせるか。本来経営者に問われているのはそういう資質だと思います。ただし、会社や組織というものはそもそもアンコントローラブルなものなので、ルーティンワークをしっかりやっていれば起こせるようになるといった単純な話ではない。言語化しにくいことを日々積み重ねていった結果として、定常的に起こせるようになるかもしれないし、それでもまったく起きないということだってあり得る。だから、会社でいえば経営者と従業員であり、ファイナンスの世界なら経営側と投資をする側が互いに直感力を信じ合い、深いエンゲージで結ばれることがいちばん大事だと思っています。

    辻下:今の仕事ですごく面白いと感じるのは、投資をした後もその会社を助けたい、応援したいと投資家が思い続けていることです。事業がうまくいっていないときに、「原因はなんだ!」と叱責するのではなく、「こうしたらうまくいくんじゃないか」「なんなら、一緒に営業して案件を取ってくるよ」と会社に寄り添おうとする。口先だけの物言う株主ではなく、口出しもして、場合によっては勝手に売上をつくってしまうみたいな。経営者の仲間みたいな人たちが株主になっていて、いい意味での持ち合い関係が成立しているんです。 
     事業を成長させるために、経営者と株主が一緒になってやるべきことを考える。企業と株主の関係は本来そういうものであったはずです。それが戦争や、頭のいい人が考えた金融工学の進化によって投機的な側面が強調され今に至っていますが、原点に回帰することがあってもいいだろうし、そういう世界が投機目的の世界と共存してもいいはずです。

    茂田: ベンチャーキャピタルや投資家が投資先の企業の経営に深く関わることに対して、出資を受ける側はネガティブなイメージを持ちます。でも、出資する側とされる側が同じ視座を持ち、ビジョンを共有できたなら、「どうぞ口出ししてください、どんどん指摘してください」と言うぐらいでないといけない。僕が経営するOSAJIは昨年分社化し、外部の資本が入りましたが、彼らには「高みの見物ではなく、現場に対してどんどん知恵を出してください」と言っています。それは、僕らが彼らのことをすごく信頼しているからであり、彼らのアイデアが入ることで僕らの仕事はもっともっと面白くなるし、価値が高まると本気で思っているからです。

    現状に満足し、ある種の欲望を満たしている状態で初めて他者の利益を考えて行動できるようになる。利己がないと利他は成立しない(辻下)

    茂田:最初はどんな議論になるのか戦々恐々していましたが、じっくり話をしてすごくいい気づきを得ることができました。

    辻下:私自身、今日話をしたような考えに至ったのはごく最近です。体調を崩して仕事を休んでいたときに、いろんなことを考えさせられたんです。それまでは仕事って、できること、やりたいこと、求められることが一致するものだと思っていましたが、結局最後は自分がやりたいことをやりたいんです。その思いがないまま仕事に時間を費やすぐらいなら、やらないほうがいい。大事なのは、自分が今立っている位置を確認し、どこに向かっていて、それは何のためなのか。それを常に立ち止まって考えることで、次への活力が生まれます。これは仕事に限らず人生においても同じです。

    茂田:年をとるといろんな点でパフォーマンスが落ちてくるので、都度立ち止まって考えるのがいいのかもしれないですね。

    辻下:茂田さんでもパフォーマンスが落ちるんですか?

    茂田:あれこれやりたいという思いが減ってきているのは事実です。ただ、そのことをネガティブに捉えていなくて、逆にどこかに濃縮されていき、そこに対して自然と身体が反応する感覚があります。

    辻下:本来はそうあるべきでしょう。私はやりたいことがどんどん増えて、収集がつかなくなっています(笑)。

    茂田:最近は来年の自分がどうなっていたいかをよく考えます。来年の今頃はもう少し暇になっていたい。やっていることがシンプルになっていればいいなと思っています。
    30代までは忙しいことイコールかっこいいでしたが、40代を過ぎると忙しいイコールかっこよくないですから。

    辻下:忙しいの「忙」という字は、心を亡くす、すなわち心にゆとりのない状態を指すんですよね。

    茂田:「INFJ」という言葉を知っていますか? 僕は最近初めて聞いたのですが、要は他者を支えながら、社会や組織に貢献しようとするタイプの人を指すようです。

    辻下:身体を壊す前までは、利他的な行動が大事だと思っていました。でも、途中で気づいたんです。まずは自分が幸福であること、現状に満足し、ある種の欲望を満たしている状態で初めて他者の利益を考えて行動できるようになるのだと。利己がないと利他は成立しない。だから今の私は利己です。

    茂田:その通りだと思います。企業のCSR活動に対して、その行為自体が利他的だと言う人がいますが、僕に言わせればそれは違う。もしCSR活動を持続可能な取り組みにするのであれば、会社の営利を上げるという利己活動が自然と人や社会のためにつながっていくという利他であるべきです。最初から利他的に生きることを掲げるのではなく、利己的に生きたら、それが結果として人の幸福や人の役に立っていたというのが正しいのだと思います。

    辻下:仕事で「ありがとう」と言われても、こっちとしては利己でやっているのだから感謝の言葉に対してちょっともどかしかったりします。

    茂田:わかります。料理をつくっているときの自分がまさにそんな感じ。こちらとしては、「つくらせてくれて逆にありがとう」というくらいのテンションでいるのに。

    *未上場株
    証券取引所に上場する企業の株式を「上場株」と言うのに対し、上場していない非上場企業の株式をこのように指し、「未上場株」などとも呼ばれる。一般的に未上場株は証券取引所を通じての売買が行えないため市場価格が存在しない。ただし、売り手と買い手が合意すれば取引ができ、機関投資家や富裕層の資金を集めて、非上場株に投資するファンドなども存在する。2015年5月の金融商品取引法の改正により、未上場企業に対するクラウドファンディングを活用した株式投資が解禁となっている。また現在はJ-shipsという制度が誕生し、未上場企業への直接投資の機会が多様化している。

    Profile

    • 辻下寛人

      1983年千葉県生まれ。青山学院大学経営学部を卒業後、SMBC日興証券に入社し、リテール営業や支店総務業務などを経験する。その後、ビズリーチ、パーソルグループを経て、2021年4月より株式投資型クラウドファンディングなどを展開する金融機関のFUNDINNOに在籍。上場準備中のベンチャー企業の資金調達およびファンディング支援などを手がけている。青山学院大学非常勤講師、海外MBA朝活共同幹事なども務めるほか、2児の父として家事にも積極的に関わる。

    • 茂田正和

      音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、22年にはOSAJI、kako、レストラン「enso」による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。23年は、日東電化工業の技術を活かした器ブランド「HEGE」を仕掛ける。著書に、2024年2月9日より発売中の『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)がある。

    Information

    FUNDINNO

    「フェアに挑戦できる、未来を創る」をミッションに、日本のベンチャーマーケットのさらなるオープン化、民主化を目指して2015年に設立された日本初の株式投資型クラウドファンディングを展開する金融機関。資金を調達したい企業と事業を応援したいファン投資家をマッチングする同名のプラットフォームを手がけるほか、大型資金を調達したい企業やスタートアップと投資家をマッチングするサービス「FUNDINNO PLUS+」や、インターネットで未上場株式を売買できるセカンダリマーケット「FUNDINNO MARKET」も運営している。
    https://fundinno.com/

    • 写真:小松原英介

    • 文:上條昌宏