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茂田正和

レコーディングエンジニアとして音楽業界での仕事を経験後、2001 年より母親の肌トラブルをきっか けに化粧品開発者の道へ。皮膚科学研究者であった叔父に師事し、04 年から曽祖父が創業したメッキ加 工メーカー日東電化工業のヘルスケア事業として化粧品ブランドを手がける。肌へのやさしさを重視し た化粧品づくりを進める中、心身を良い状態に導くには五感からのアプローチが重要と実感。17 年、皮 膚科学に基づいた健やかなライフスタイルをデザインするブランド「OSAJI」を創立、現在もブランド ディレクターを務める。21 年、OSAJI として手がけたホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」 (東京・蔵前)が好評を博し、22 年には香りや食を通じて心身の調律を目指す、OSAJI、kako、レス トラン「enso」による複合ショップ(神奈川・鎌倉)をプロデュース。23 年は、日東電化工業のクラ フトマンシップを注いだテーブルウエアブランド「HEGE」を仕掛ける。24 年にはF.I.B JOURNAL とのコラボレーションアルバム「現象 hyphenated」をリリースするなど、活動の幅をひろげている。 近年は肌の健康にとって重要な栄養学の啓蒙にも力を入れており、食の指南も組み入れた著書『42 歳に なったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)や『食べる美容』(主婦と生活社)を刊行し、料理教 室やフードイベントなども開催している。

つねにクリエイティブとエコノミーの両立を目指し、「会社は、寺子屋のようなもの」を座右の銘に、 社員の個性や関わる人のヒューマニティを重視しながら美容/食/暮らし/工芸へとビジネスを展開。 文化創造としてのエモーショナルかつエデュケーショナルな仕事づくり、コンシューマーへのサービス デザインに情熱を注いでいる。

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    2024-06-20

    Vol.7

    阪急阪神マーケティングソリューションズ 代表取締役副社長
    宮武昭宏 氏

    • 感じ取る力を身につける
    • デフレで広がる格差
    • 幸せとは、何かを失わないという安心感
    • 新たにつくるから、あるものを取り戻すへ
    • 文化の空洞化を防ぐには
    • 羞恥心を鍛える

    百貨店は「幸福産業」だと言われる。人々が幸せになればなるほど店は賑わい、繁盛する。その歩みは、戦後から高度経済成長を経て生活水準を向上させてきた日本という国の成長と重なってみえる。一方現在、コロナ禍からの回復や円安の影響によるインバウンド売り上げの急増で最高益を叩き出す百貨店に対し、日本の幸福度はといえば世界50位前後と低く、両者の間には溝が広がる。今回のゲストである宮武昭宏さんは、新卒で阪急百貨店に入社し、販売促進統括部長などを歴任しながら30年以上にわたり新たな消費の場をつくり続けてきた百貨店マン。旬のファッションや最先端の生活スタイルを提案し、独自性のある売り場やコト企画によって消費者を引き付けてきた。そんな宮武さんを大阪・北区に訪ね、幸福とは何かや、空洞化させてはいけない日本の文化の行方などについて議論を交わした。

    現代人は「感じ取る力」がどんどん低下している。それは大きな問題(茂田)

    茂田正和:この前イタリアに行ったときに、向こうで働いている日本人シェフと話をする機会があったんです。そこで彼が言ったのは、「イタリアでは日本人の料理人がひじょうに重要視されている」ということでした。日本人シェフがいることで、丹念に包丁を研ぐ行為が見直され料理の味が向上するとか、厨房がクリーンに保たれるとか、接客対応に対しても助言や提案がなされることでサービスの質が上がるといった効果があると。「ミシュランの星を取るんだったら日本人シェフをひとり置け」というのが、現地では暗黙のルールになっているんだそうです。 
     この話を聞いて思ったのは、そういう情熱を持った人をこの先日本はどれだけ輩出していけるのか、でした。若い世代にも高い志を持った子や、既存の型を破り、独自の世界観を確立することに熱心な子はいます。でも、教育環境などの問題もあり、そういう子が以前に比べると生まれにくくなっていると思うんです。人の心の機微を察してサービスを行うようなスキルの継承が今後どれだけなされていくのか、すごく不安に感じるんです。

    宮武昭宏:今の若い人たちは放っておくとお金でしか価値を換算しない。僕はそこにすごく危機感を覚えます。
     たまたま昨日、社内で過去1年間に手がけた案件を振り返る機会があったんです。ざっと数えて1万2,000件。そのなかには黒字のものもあれば、赤字のものもある。理想はすべてが黒字ですが、じゃあ赤字の案件がぜったいにダメなのかといったら、そんなことはない。 
     僕は戦略的な赤字はあっていいと思っていて、新たな関係性を構築するためだったり、会社のあるべき姿を追い求めてチャレンジする案件には、利益以外の付加価値があると考えています。若い人にはそういうことにも果敢に取り組んでほしいんですが、それを許さない空気が今の社会(都会の暮らし)にはあると感じています。
     養老孟司さんが「ものがわかるということ」という本のなかで、「空き地」について触れているんです。空き地とは何も生まないものであり、その考えは経済性のないものはすべてよくないという考えに基づいていると。でも、実際に空き地に行くと、草花が生え、虫たちがいる。生物の暮らしが営まれている。にもかかわらず、お金を生まないから現実に「ない」ものとしてしまうのは、経済的な視点でしかものごとを捉えられない現代の弊害でしょう。そうやって社会からどんどん余白のようなものが消えていくのはすごく危険な兆候です。

     実は、僕は昔から靴磨きが好きなんです。あれは一種のメディテーションで、靴がきれいになっていくうれしさ以上に、無心で靴を磨いている状態が何とも気持ちがいいんです。磨いている時間はせいぜい30分ぐらいですが、「そんな暇があるなら、人に磨いてもらって、別のことに時間を充てたほうが効率的だ」と言う人がいます。理屈としてはその通りです。でも、自分でやることで、靴磨きをする人の苦労が理解でき、自身への癒し効果もある。そういう目に見えない価値が次の時代を切り開くヒントになったりするんです。戦略的赤字の話もそうですが、見えない価値をどう仕組みのなかに落とし込んでいくか。そういうものが許される職場でありたいと思っています。

    新聞記事が多いというスクラップノート。スポーツから経済、万博ネタまでその時々で「はっ」と思った事象が貼り付けられている。

    茂田:僕が新たに立ち上げたチームの話をすると、自分が最年長の45歳で、その下に44歳の補佐役がいます。他にマーケティングやブランディングに精通した38歳のスタッフと、前職でネットメディアの編集をやっていた25歳のスタッフがいて、ふたりの下にこの春高校を卒業した18歳の——彼とは前々回の「理想論」で対談をしていて、高校在学時に全国の校則のデータベースをつくった子が1年間インターンで加わってくれています。 
     このチームから得られる刺激はすごくあって、彼らの考える合理性を学べるのもそのひとつです。口うるさいことはほとんど言わないんですが、ひとつだけきちんと教えたいと思っていることがあって、それは「気が利く人間になる」ということです。なぜそれを教えたいかというと、気が利く人間はチャンスを掴めるからです。一緒に食事に行こうと誘われたり、仕事を頼まれたりする機会も増える。気が利かないと、そんな声すらかからないですから。でも、気が利くようになるための教育って、どこもやってないんです。教えられる場所があるとしたらそれは会社しかないと思い、口を酸っぱくして伝えています。
     彼らにはチャンスも与えたいと思っていて、先日もある案件のプレゼンテーションを25歳の子に任せたんです。資料はよくまとまっていましたが、ただ、話が長かった……。

    宮武:きっと、気合いが入りすぎていたんでしょう。

    茂田:そうかもしれません。プレゼンの後に昼食をとりながら、「話が長いから、何を伝えたいのかがうまく伝わってこなかった。要点を絞って話したほうがいいよ」と伝えました。そうしたら、「それってどうしたら身につくんですか?」と聞いてきたので、「自分が何を言いたいかではなく、相手が何を聞きたいか。それを感じ取る力を身につけることだよ」と教えました。スキルを身につけるのは簡単じゃないでしょう。「それでも、相手のことを一所懸命考えることが大事だよ」と話したら、彼女は「わかりました」と言って、やる気になっていました。

    宮武:接客販売でも、お客さまの思いを「感じ取る力」はすごく大事です。

    茂田:現代人はそういう力がどんどん衰えているんです。もともと人の身体(皮膚)には危険を察知するセンサーのような機能が備わっているんですが、その感度が低下していることが科学的に立証されています。時代が便利になることを否定はしないけれど、それによって感じ取る力が弱まっているというのは大きな問題です。 

    質を追求していったときに、豊かさがぐんと上がる人と、そうならない人がいる。そこで起こるのが「格差」(宮武)

    茂田:僕は資生堂の元社長である福原(義春)さんをすごくリスペクトしていて、1990年代に書かれた「企業は文化のパトロンとなり得るか」や「文化資本の経営」といった本はまさにバイブルです。「文化をつくり、守っていくことで会社の成長がある」という考えにもすごく共感させられました。福原さんは90年代に、いいものを安くという時代が終わり、量から質への時代がやって来ると話されていましたが、当時の福原さんが30年後を見据えてそういうことを言ったのか。宮武さんはどう思いますか?

    宮武:未来を予測して言われたというよりも、社会が成熟していく状況を感じ取るなかで、そういうことを強く実感されたんじゃないでしょうか。いい暮らしに憧れてひた走り、その目標が叶って、これからどうしようと考えたときに、今よりもっといい家、もっといいクルマをといった具合に質を求めたくなるのは当然です。福原さんもきっとそんなことを思ったんでしょう。 
     ただ、質を追求していったときに、豊かさがぐんと上がる人と、そうならない人が出てきて、そこで「格差」というものが生じた。2000年代はまさに格差の時代で、質を求めたくても求められない人たちが大勢出てきたんです。
     かつて「一億総中流」と言われた時代がありましたが、デフレが30年近く続き、さらにコロナが追い討ちをかけ、日々の生活に困窮する人は確実に増えています。そういった量すら求められず、質の低いものにしか手が出せない人と、質を求めることができる人の両方が存在するのが今の日本です。

    茂田:まさにこの国は今スタグフレーション状態で、不況で給料はそれほど上がらないのに物価だけが上昇している。そんななかで、百貨店で起こっている変化はありますか?

    宮武:百貨店にいた当時はいろんな仕事をしましたが、そのうち10数年間は労働組合をやっていたんです。労働組合の委員長も5年やりました。実は、阪急百貨店でリストラ(選択型進路支援制度)を実行したときの委員長は僕なんです。当時の百貨店はすべての業務を自前の社員が担っていたんですが、このままでは品質重視の時代要請に応え続けることが難しく、雇用も守れなくなると思い、専門性を追求できるよう業務ごとに会社を分離したんです。それぞれの選択のなかで、辞めていかれた人もいましたが。
     
     そういうことをやってきた身からすると、最近経営者側が出すベースアップ(*1)の数値が労働組合の要求額を上回るという状況はちょっと驚きで、労使協定の概念が一気に薄れつつあるように感じます。変化はほかにもあって、以前なら会社の役員になりました、社長になりましたと言うと、みんなが「よかったね」と拍手で祝福してくれたものです。でも今は「大変ですね」と逆に心配される。業績を伸ばし、安定させ、従業員の雇用を守り、さらに社会の役に立つことまでやらないと百貨店といえども世間から叩かれる。単に業績を伸ばしただけでは素晴らしいと言われないんです。
     
     さらに追い討ちをかけるのが人口減少問題です。人が減っていくので、代わりの人材を採用しないといけない。でも、これまでの水準では採用できないから2割増を提示するんですが、それでも人は集まらない。3割増なら応募が来るかといったら、どうもそうではない。今の人たちは2割増でもいいから価値のはっきりした会社で働きたいんです。ただ、そういう人が来たからといってすぐにチームの業績が上がるかといえば、そんなわけはないですよね。きちんと教育をし、戦力になるまでにはどうしても3年ぐらいかかる。で、やっと育ったと思ったら辞めてしまう。やっぱり時代がすごく難しくなっているんでしょう。

    幸福って、なるものではなく、感じるものだと思っています(宮武)

    茂田:世界幸福度ランキング(*2)ってありますよね。最近本を読みながら、自分なりに幸福度とは何かを考えてみたんです。すると、何かが得られるという期待値(ゲインがあること)では人は幸せと感じなく、それよりも何かを失わないという安心感(ロスがないこと)にこそ幸福を感じるということがわかってきました。例えば、自分の子がダウン症で生まれたとしても、社会保障がしっかりしていて、子どもがきちんと社会で生きていける仕組みが整ってさえいれば、親としては安心です。そういうベースがあってはじめて「幸福」という言葉が出てくる。そう考えると、経済成長率の競い合いなんてもうどうでもよくなるんです。日本がこれから向かうべきはどこなのか? 僕は期待を込めて、幸福度ランキングの上位に出てくる北欧諸国の方向だと思っています。
     北欧の国々と日本には四季がはっきりしている共通点があります。この間、建築家の友人から養生訓という江戸時代に生きた儒学者の本を読むように勧められたんです。その場に養生訓の本があったのでパラパラと見ていたら、現代の北欧的な考え方に通じることがいろいろと書かれていて、目から鱗でした。身体を養生するためには「楽しい」という感情を失ってはダメだということを養生訓は300年前にすでに言っているんです。日本にも昔はそういう気質があったんです。でも戦争に負け、GHQの介入を受け、高度経済成長を遂げていくなかで、どんどんアメリカ的な方向に向かわざるを得なくなってしまった。そして最近になって、「あれっ? 自分たちの進む方向はこっちじゃなかったんじゃないか」と気づきはじめた。僕は日本という国がもう一度養生訓の思想に戻っていくような気がしています。

    宮武:僕は幸福って、なるものではなく、感じるものだと思っています。今話をしているこの時間はどうですか? 普段会わない人とこういう本音の議論ができることが、僕にはすごく幸せです。 
     この前、4歳の孫娘を連れて京都にある河井寛次郎記念館に行ったんです。館内に入るとスリッパが置かれていて、「どうぞ、それを履いてお上がりください」と言われました。海外からの来訪者が多いのでこういう応対をされるんでしょう。でも、ちょっと違和感を覚えて、孫娘には「スリッパは履かず、靴下を脱いで上がりなさい」と言ったんです。古い木の床を素足で歩くと、やっぱり気持ちがいいんですね。畳の部屋ではゴロンと寝転んだと思ったら、すぐまた次の部屋に行きたがりました。一通り館内を回っても孫娘は帰りたがらず、「もう1周、もう1周」とせがむんです。たぶん、理屈ではなく、身体がこの場を心地いいと感じたんでしょう。そういうことが幸せを感じることなんだと思うんです。きっと孫娘は、この幸せな時間がずっと続けばいいなと思ったんじゃないかな。
     もちろん、何を幸せと感じるかは人それぞれです。僕の思う幸せと茂田さんが感じる幸せは同じとは言えないでしょう。違っているのは当然で、それをひとつの価値観や枠にはめて考えようとするのが問題なんです。

    いらなくなった制度や仕組みをどうリストラクションしていくか。それが社会を軽やかにしていく(茂田)

    茂田:「オペレーションZ(*3)」というドラマをご存知ですか? 日本がデフォルト(財政破綻)する話で、草刈正雄さんが演じる時の総理が、社会保障や地方交付金をゼロにする歳出半減策を打ち出すんです。でも、当然ものすごい反感を買って、衆議院解散に追い込まれる。国民に真意を問う総選選挙をするんですが、結局は過半数を得られず、政権交代となって策は頓挫するんです。ただ、一定の人たちからは共感を得ていて、種はまかれたというところでドラマは終わります。 
     ドラマのなかで特に心象に残ったのは、歳出半減を短期間で行うのは乱暴だと言う人たちを説得するシーンです。「地方交付金がゼロになって生活に困った老人はどうするんですか?」という問いに対して、「みんなで助け合うんです」と言う。「じゃあ、助け合う仕組みをつくることですね?」と聞かれて、総理は「いや、新しい仕組みをつくるんじゃないんです。もともとあったものを取り戻すんです」と答える。僕はこのやりとりにグッときました。
     新しいルールをどんどん上積みしていくのではなく、いらなくなった制度や仕組みをリストラクションし、場合によってはそれらを再構築していくか。そのことのほうがこの先の社会を考えたときによほど重要だと思うんです、それが社会を軽やかにしていくということだろうし、幸福感の醸成につながっていくんじゃないでしょうか。

    宮武:そうかもしれませんね。

    茂田:地方移住やシェアリングエコノミーも国がスローガンを掲げて音頭をとっていたときは無風だったけれど、最後は自然とそういう流れに落ち着きましたよね。いくらスローガン化した内容が正しくても、人々の価値観が変わらないとパラダイムシフトは起こらないんです。 
     「動的平衡」という言葉があるじゃないですか。生命は絶えず自らを壊しつつ、常につくり替えていて、今の自分と1秒後の自分は違う。そういう一回性の精妙なバランスの上に生命というのは成り立っているという。一見するとカオス状態に見える今の日本も、変なテコ入れさえしなければ自然といちばんいいところで平衡を取るように思うんです。だから、国には余計なテコ入れはしないでほしい。それによって引き起こされる副作用のほうがよほど怖いですから。

    宮武:為替レートがおかしくなると国が介入し、ガソリン代が高騰すると政府が補助金を出して補填する。本当に困っている人からするとありがたいことなんでしょうが、その反動がどこに行くかといえば、結局は増税だったりするわけです。そうなるぐらいなら、自転車に乗ろうと呼びかけたほうがいいんでしょうね。

    海外で評価を高め、それまで見て見ぬふりをしてきた日本人を振り向かせる。そういう文化の環流がどんどん加速していく(宮武)

    茂田:最近、東南アジアに行く機会が多いんです。向こうに行って感じるのは、日本のカルチャーやメイド・イン・ジャパンといったものが、それだけを理由にもてはやされることはもうないということ。音楽にしてもアートにしてもローカルカルチャーがすごく面白いから、無理に日本のものを取り入れる必要がないんです。 
     90年代の日本は欧米のカルチャーをキュレーションする力がすごく高くて、尖った文化を海外から引っ張ってきて、それらを束ね、編集し直して発表することにすごく長けていました。でも、今は編集力やキュレーション力で韓国に太刀打ちできない。欧米のカルチャーはすべていったん韓国を経由してアジアに広がっていくという流れができている。僕はそれを悪いと言うつもりはなくて、逆に日本が韓国と違った戦い方をするチャンスだと捉えています。いっそのこと、欧米のカルチャーに傾倒するのはもうやめてしまえと思うぐらいです。
     そこで宮武さんに聞きたいのは、欧米ブランドが軒を並べる百貨店の売り場が、将来的に日本のブランドに置き換わっていく可能性があるのかということです。いつまでも日本の美意識が日本人から評価されないのであれば、日本の文化をアイデンティティとしているOSAJIのようなブランドは、海外に出ていくしかないわけです。音楽家の坂本龍一さんはアメリカの永住権を取得してニューヨークに活動拠点を移したし、世紀の発明と言われる青色発光ダイオードを開発した中村修二さんも日本の会社を辞めてアメリカの大学に移り、市民権を得た。優れた才能や文化の流出がすでに日本で連鎖的に起こっているんです。今後もこうした文化の空洞化がさらに進むのか、あるいはその流れを食い止める受け皿として百貨店のような売り場が何らかの役割を果たすようになるのか。宮武さんはどう見ていますか?

    宮武:日本のドメスティックカルチャーの海外流出に対して、百貨店ができることは何かということでしょうか?

    茂田:輸入一辺倒だと国内ブランドはニーズを求めて海外に拠点を移さざるを得ないし、それによって日本のものづくりや文化はさらに空洞化してしまいます。僕らだって、アジアの国々から諸手を挙げて「こっちに来てください」と言われたら行っちゃうかもしれない。決して日本で商売しやすいブランドではないですから。もちろん、経済合理性という観点を無視してもよければ、日本にとどまっていたいし、日本で楽しいことをやりたい。でも、目の前になかなか動かない厚い壁があって、それがきつい。

    宮武:アゲインスト(逆)の話をしてもいいですか。今の人口を100として、そのうちの1割がOSAJIを理解する人だったとしましょう。人口が減って80になると、今度は理解者が8になる。でもそれだと壁が動いたことにはなりませんよね。理解者が16になって初めて「動いた」と言えるんでしょう。要は、16にするための道筋をどう考えるかです。ひとつは、OSAJIのプロダクトが日本人にとってのディオールのように、海外の人たちから熱烈に支持されるブランドになることです。フランス人に、「ディオールなんてもう古い、今はOSAJIだよ」と言わしめるんです。そして、OSAJIのプロダクトを買うためにわざわざ日本に行くという流れをつくる。そうやって海外で評価を高め、それまで見て見ぬふりをしてきた日本人を振り向かせるんです。まさに文化の環流で、草間彌生さんなんかもその例ですよね。
     結局、優秀な人はアメリカだろうがフランスだろうが、環境のいいところに勝手に行ってしまうものです。だったら、そういう動きがとりやすい制度や体制をつくることのほうがよほど重要じゃないでしょうか。日本を飛び出していく人もいれば、逆に四季に魅了されて日本に活動拠点を移す人が出てくるかもしれない。国内でも、東京で働き続けるのをやめて、北海道や長野に移住する人が増えていますよね。住民票を動かしたりと手続き上手間はかかるようですが、そこがもっと簡易化されれば、都道府県の壁は薄れ、都道府県合併という話が出てくるのかもしれない。僕なんか、もう「近畿県」でいいと思っていますから。知事も減らせるし、無駄な選挙をあちこちでしなくてすむので。無駄があれば、環境に合わせて取りやめたりや減らしていく。若い人にとっては、そういう方向こそ幸せなのかもしれないですね。

    失敗し、恥をかくことっていちばん心が折れる。だから、子どもには人前できるだけたくさん失敗をしてほしい(茂田)

    宮武:今の親は時間さえあれば子どもに何でもかんでも学ばせようとします。そういう親たちが考える子どもの幸せって何なんでしょうね。いい大学を出て、いい会社に入って、多くの給料をもらうことが幸せだと思っているとすれば、それはまさにGDPベースの発想です。子どもが本当に学ぶべきは、知識の詰め込みではなく、感受性を養う情操教育です。英語やプログラミングに費やすあまり、今はそういう教育の時間がどんどん削られていっている気がします。

    茂田:僕は「危険」を教える教育がなくなっていると感じています。だから、子どもたちの危険回避能力がどんどん低下している。子どもを危険から遠ざけるという発想は、地域との連携上無視できません。でも、そうやって大人たちが「回避、回避」の視点で先回りしてしまうことにも問題がある。大人は「子どものため」と言うけれど、そんなことはない。子どもが危険な目にあうと面倒だから、危険にさらさないようにしているだけです。中学3年の娘がいるんですが、友だちが通学途中で変質者に出くわしたと学校に言ったら、「通りすがりの人に挨拶をするのはやめましょう」というルールができたんです。

    宮武:それはすごい話ですね。

    茂田:うちの娘だって、誰にでも挨拶をするわけじゃない。危ないと思った人には安易に近寄ったりしません。それをすべて一括りにして、「挨拶しない」というルールをつくって危険回避しようという発想はどうなんでしょう。

    宮武:今の話を聞いて思い出したことがあります。30代になって心理学を学び始めたのですが、そのとき受けた授業でこんな話がありました。ドイツ人の学生と日本人の学生が砂浜に座って、親子が遊ぶ様子を見ていたと。子どもが砂浜でトンネルを掘っていると、母親がやって来て、「ここで遊ぶのはダメ。波でも来たらすぐにトンネルが壊れるから」と手本を示し、波が届かない場所で遊ぶよう子どもを促がすんです。それを見ていたドイツ人の学生が、日本人の学生に向かって「あの母親は日本人だろ」と言う。「どうしてそう思うんだ」と日本人の学生が尋ねたら、ドイツ人の学生は「日本人は失敗を許さないからだよ」と答えるんです。 
     自分で堀ったトンネルが波にのまれて崩壊する経験を味わって初めて子どもはこの場で遊ぶ危険を学ぶのに、親が先回りして学習の機会を奪ってしまった。失敗を許さない日本の文化の一例として出た話でした。海外では、失敗することは子ども特権と考えるんです。でも、日本は逆。普通に考えたら子どもより親のほうが先に逝ってしまうわけですから、親が子どもを一生守り続けることなんてできないんです。

    茂田:失敗するしないもそうですが、子どもに大切なのは恥ずかしさに対する免疫をつけることでしょう。人前で恥ずかしい思いをしたくないという子が今は多すぎる。人前で失敗し、恥をかくことって、確かにいちばん心が折れますよね。だからこそ僕は、子どもには人前できるだけたくさん失敗をしてほしいと思っている。そうやって恥ずかしい思いをして、メンタルを鍛え、免疫をつけないと、本当に些細なことで心が折れちゃうんです。恥ずかしい思いをするのがかわいそうと思っても、最終的に誰もがするんだから。だったら、早いときにそれを経験させてあげたほうがいいと考えるのが本当の親心じゃないですか。僕はそう思っています。

    *1_世界幸福度ランキング
    国連の関係機関によって2012年以降毎年発表されるランキング。143カ国・地域を対象にした調査データに基づき、「社会的支援、一人あたりのGDP、健康、選択の自由度、寛容さ、認識されている腐敗の程度」の6項目に関する幸福度を測定し、順位を決定している。24年のランキングは、フィンランドが7年連続でトップ。2位以下はデンマーク、アイスランド、スウェーデンと続き、北欧勢が上位を占める。日本は前年の47位から51位へ後退。

    *2_ベースアップ
    基本給を一律に上げることを意味し、略して「ベア」とも呼ばれる。経営者側と労働組合の交渉や、世間の賃上げ状況に応じて昇給率が決まり、すべての従業員に適用されるのが特徴。毎年2月ごろの春闘において労働組合が賃上げや労働条件の改善を経営者に求めて交渉が進められる。職務給が採用される欧米には、一般的にベースアップの概念は存在しない。

    *3_オペレーションZ
    「ハゲタカ」シリーズなどで知られる真山 仁さんの小説。デフォルトという国家財政破綻の危機に瀕した日本で首相の密命により組織された若手財務官僚チーム、「OZ(オペレーションZ)」が国家予算半減という至上命題に挑むさまを描く。小説は2017年に新潮社より刊行。ドラマ版はWOWOW「連続ドラマW オペレーションZ~日本破滅、待ったなし~」として2000年3月より全6話で放映された。首相の江島隆盛役を草刈正雄が主演として務めた。

    Profile

    • 宮武昭宏

      1962年生まれ。84年に阪急百貨店に入社し、主にファッション部門や販売促進などの業務に従事。2000年に労働組合執行委員長に就任し、人事・年金制度改革やパートタイマーの組合員化、グループ労働組合の統一などを行う。08年からは販売促進部統括部長を務め、世界の文化発信・交流を目的に、ニューヨーク・北欧・ハワイ・アジア・英国・イタリア・フランスと1年に7つの海外文化フェアを開催。7年にわたる工事を経て12年に全面開業うめだ本店の建て替えプロジェクトにも携わった。文化やアートをテーマにした発信型の大型ウインドウ企画のほか、9階祝祭広場などのイベントスペースにて年間200本の企画運営も手がけた。21年に阪急阪神マーケティングソリューションズへ出向、現在同社代表取締役副社長を務める。ライフテーマは「Everyday is an Adventure」。

    • 茂田正和

      音楽業界での技術職を経て、2001年より化粧品開発者の道へ。04年より曽祖父が創業したメッキ加工メーカー日東電化工業ヘルスケア事業として多数の化粧品ブランドを手がける。17年、スキンケアライフスタイルブランド「OSAJI」を創立しブランドディレクターに就任。21年にOSAJIの新店舗としてホームフレグランス調香専門店「kako-家香-」(東京・蔵前)、22年にはOSAJI、kako、レストラン「enso」による複合ショップ(鎌倉・小町通り)をプロデュース。23年は、日東電化工業の技術を活かした器ブランド「HEGE」を仕掛ける。著書に、2024年2月9日より発売中の『食べる美容』(主婦と生活社)、『42歳になったらやめる美容、はじめる美容』(宝島社)がある。

    Information

    阪急阪神マーケティングソリューションズ

    「新しい文化を、共に創る。」を企業ミッションに掲げる阪急阪神東宝グループのマーケティング・広告会社。設立は2019年12月。グループ各社をはじめとする広告制作のほか、グループ事業によって蓄積された多様な生活者データを活用し、企業や自治体、地域ブランドなどのマーケティングおよびコミュニケーション支援などを行う。阪急沿線情報紙「TOKK(トック)」の編集なども手がける。
    https://hhms.co.jp/

    • 写真:小松原英介

    • 文:上條昌宏

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